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明治・大正・昭和初期の軍人・政治家の話が多め
特に海軍と広瀬武夫、偶に江戸時代中後期/幕末

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戦艦三笠のストライキ

『山梨勝之進先生遺芳録』を借りた。
加藤友三郎関係でよく見る本なので気にはなっていたのだけれど、今までノータッチでした。


http://blog-imgs-49.fc2.com/m/u/r/murakumo1868/DVC0008.jpg (多分三笠で撮った写真)

 
山梨勝之進は明治10(1877)年仙台生まれの海兵25期。
広瀬武夫は年は10、卒業年は8年違う。
同期に四竃孝輔がいます。
見ていると宮治民三郎もいて、どこかで聞いた事がある名前だと思いきや江藤淳の祖父だった。

艦隊勤務より陸上勤務が多い印象があるなあ…
軍政方面の提督で、明治の終わりから大正初期に長いこと大臣秘書官や海軍省副官を務めています。
山本権兵衛や斎藤実の秘書官だったり副官だったり、財部彪が大臣だった時に次官だったり、秋山真之が第一次世界大戦の視察のために欧米に旅立った時に一緒について行ったり。
個人的に印象が強いのはワシントン海軍軍縮会議、ロンドン海軍軍縮会議時の話で、この人は加藤友三郎の直系になる。
特に後者の軍縮では、この方(と堀悌吉)がいたから国内の海軍の不満を何とか押さえて条約締結が出来たと思われます。

まあ、そんな感じの(……)山梨の伝記が大変面白かったので、これを暫くネタにします。笑
こらそこー手抜きって言わない!本当に面白い本なんだぞ! 笑。


***


知らなかったのですが、山梨、三笠の回航委員のひとりだったんですね。
まだ少尉1年目の頃、明治33~35年まで滞英していて、という事はこの方広瀬武夫に会ってるんじゃなかろうかと思ったのだけれど、両者の滞英時期には数ヶ月の開きがある。
会っていたらきっと何らかの話を残していてくれたのではと思うだけに残念。
でも日露戦争前、佐世保沖、朝日艦上で話したことがあると言っておられますな(多分明治36年じゃないかと思う)。


実は三笠がイギリスで建造されている最中に、派遣された下士官や水兵が現地での待遇に不満を持ち、ストライキを起こしている。
三笠の話が出ても、これはあまり話題になる事がないように思います。

概要は以下。

回航の為に士官らと渡英した下士官らはすぐに三笠に乗るように命令されます。
しかしながら三笠はまだ完成していない。
建造真っ最中の戦艦で起居する羽目になった訳で、寝所の部分が雨が降れば雨漏りするし、風は吹き込んでくるしといった状態。
満足に生活できるまでにはなっていなかった。
その上現金給与されていたのが、予想外に早く現品給与に切り替わってしまう。 
現金給与なら切り詰め次第で懐が潤うのに…

しかもこうした一方で彼らの上官、士官たちは三笠の外で宿泊。その上結構な特別手当がつく。
言葉の上での不自由さもそんなには問題にならないので、結構快適な(というか楽しい)英国生活だったんじゃないかなあ…
下士官らにして見れば、あれこれの理由からいくらなんでもあんまりじゃないか、どうにかしてくれという感じだったと思われます。

そこで副長に改善を要求するも受け入れられない。
それで下士官水兵190名程が共謀して三笠の下甲板に立て篭もり、昇降口(出入り口)を塞いで外部から開けられないようにしてしまった。
閉じこもった彼らに気付いた当直の中尉が説得するも聞く耳もたず、更にもうひとりの中尉、艦長、副長、分隊長に報告。
再度中尉が説得するも同様で、更に副長と分隊長が説得しても(以下ry
中尉ふたりが熱心に説得を続けて、結果籠城している下士官たちも納得して解散した。
数日で終わった出来事。


http://blog-imgs-49.fc2.com/m/u/r/murakumo1868/2013_12090162.jpg 三笠


この話、『戦艦三笠の反乱』(山木茂/新人物往来社/1977)という古い本に載っているのですが、著者の立ち位置が左側なので実際の所どうなのかしらと。
それに三笠の破壊活動に及んだとか上官を殺したとか暴力を振るったとかそうした話ではないのに、なんでこの話が”反乱”なんだ。
待遇改善のためのストライキ以外の何物でもないと思うんだが。
題に悪意を感じるのは私だけか…
 
著者はシーメンス事件時の新聞に、当時イギリス人の間で三笠の監督将校に収賄の噂が盛んだった、宿泊に関して経理の不正をしている、という話が載っていた事から、ストライキの原因は待遇改善と将校の不正糾弾のための「反軍事件」だと書いている。


この反乱は、監督将校や下級将校の収賄事件に発するものである。
<略>
ただ、この反乱の取調べにあたった軍法会議で、兵曹、水兵らは将校たちがアームスロング会社の事務所に宿泊しながら、あたかもホテルに泊ったかのように装って不当な特別手当を受け取っていたのを明らかにした。
この事は立派に詐欺罪が成立する筈であるが、判決文ではこれに一言もふれないのみならず、警告すらも発していないのは、まさに軍法会議が内包している階級性を表している。



文中、アームストロングとあるのはヴィッカースの間違いです。
書き方が恣意的というか、ま、的が外れているような気がするんだよ…(後者ね) わざと外してんのか。
とまれ、この本にはこの事件の判決文が載っている。それは良い点だと思う。

ただ著者の言う”詐欺”が軍法会議で暴露されたのかどうかは、史料の提示がなく、14年程後の新聞の引用しか無いので、分からない。
清く正しい海軍さんばっかりじゃないだろうし、そういう事もあったんじゃないかなーとは思うけど。
一応史料的にはこうした事件が実際にあったという裏付けがあるっちゃあるんだけど、でもなんだか「う~ん?」な感じだったんですよ。
ひとえに著者の立ち位置からですが。
……わ、分かります?このもやもやとした感じがどういう感じか^^;


で、今回山梨さんの伝記を借りたらその話が載っていた!
でね、ああ、と思ったのだけれど、やっぱり当事者の話を読むと随分受ける印象が違うわー

続く!


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