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適塾・除痘館跡

地図_大阪キタ_太融寺


適塾→除痘館跡→除痘館発祥の地→大村益次郎先生寓居跡→福沢諭吉誕生地

太融寺からはちょっと南に下ります。


地図_大阪キタ_適塾


適塾はすでにサイトでも紹介しているので特にはいいかな~…
興味がある方はこちらをどうぞ。

⇒ 中之島界隈散策(サイト)

先日近くまで行く用事があったので、久しぶりに見学していこうと思って立ち寄ったのですが。


緒方洪庵_適塾


わはは;
耐震改修工事の真っただ中で御座候。
今年(2014)年3月末まで休館の予定になっていた。この時は3月半ばだったのよorz

私は近いし何回か来てるからいいけど、明らかに付近歩き回って適塾を探してた人がここで立ち止まり、かかっている看板を見て
「え?休館?」
とか九州訛りで話していたのが本当に気の毒だった…

適塾のすぐ裏には緒方ビルがありまして、ここがこのブログでも触れた除痘館跡になります。


緒方洪庵_除痘館跡


で、ビルの入り口にこういうレリーフがある。


http://blog-imgs-63-origin.fc2.com/m/u/r/murakumo1868/2014_03190365.jpg


除痘館跡。


緒方洪庵_除痘館跡


大阪の除痘館は牛痘種痘を行う場所として緒方洪庵(1810~1863)が中心になって嘉永2年11月7日(1849)に古手町(道修町)に開設した。
それは牛痘がはじめて長崎に渡来した年である。
大阪での種痘活動はまことにさかんで安政5年4月24日(1858)には全国にさきがけて官許を得た。
のち万延元年10月(1866)にはこの場所すなわち当時の尼崎町1丁目、現在の今橋3丁目に移って事業を拡張した。



緒方洪庵_除痘館跡


ちなみにこのビルの1階入り口には手塚治虫『陽だまりの樹』の、緒方洪庵が除痘館で治療にあたるシーンが飾られています。
で、こちらクリニックビルになっているのですが4階の1室が資料室になっています。


緒方洪庵_除痘館記念資料室


ここが種痘を普及させる中心地で、場所が大阪だけに西日本が多かったようですが、180か所程に広げたようです。
資料室にどこに普及させたかという記録が出ていました。

地元西宮の名前も出てたわー。
肝煎りになったのは岡本さんとこだろうな、とめっちゃローカルな事を思ってみる。

岡本家、江戸時代の大庄屋でして、西宮(多分尼崎のも含まれると思う)の近世の古文書の6・7割ほどが岡本家文書だそうで。
去年の市政ニュースに出てた。さすがにビビった。
庄屋としては日本では類を見ない大規模経営だったそうで、古文書を見に全国から学者が来るらしいよ。
纏まって史料があるからだろう。

住宅が市指定の重要文化財になっている、昔の佇まいを残した豪邸である^^;
古い家は震災で殆どが潰れたので、見るからに和風という家がもうないんだよなあ…

脱線しましたが、除痘館記念資料室の開館は平日 10:00~16:00、土曜は13:00まで。
日曜・祝日は休館、入館料は無料。


つづく!

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