Para Bellum

明治・大正・昭和初期の軍人・政治家の話が多め
特に海軍と広瀬武夫、偶に江戸時代中後期/幕末

(14)野辺地尚義

宇和島藩主伊達宗城の参勤交代について行った大村益次郎。
江戸で洋学塾鳩居堂を開きますが、その門人のひとりに南部藩(盛岡藩)の野辺地尚義がいます。

……えー…
ぶっちゃけますと、この人ねーあれこれ調べたんだけど詳細が分からんのだわ…
尚義という名前も、恐らく諱だと思う。
通称すら分からんのだよ明智君w
もうね、この人『明治維新人名辞典』にも『三百藩家臣人名辞典』にも載ってないのよ。
『三百藩~』に名前がない時点で日本史のみならず郷土史的にも無名なんだなと思う訳ですが、『日本人名大辞典』には載っていた。
そういう感じで、細かい話が全然分からないのであしからず。
推測ばかりで裏付けが殆どないということを断っておきます(涙)


文政8(1825)年の生まれというので、大村益次郎、ついでに岩倉具視と同い年です。
安政3(1856)年に江戸に出たそうで、これがどうも脱藩みたい。
どういう目的があって江戸に向かったのかは不明ですが、蘭学なり洋学なりの勉強をしたかったのじゃないかと思う。
江戸に出て鳩居堂に入っています。
で、この江戸にいる時代に勝海舟や杉田玄瑞、大鳥圭介といった人々と交流ができたみたい。
杉田玄瑞は杉田玄白のひ孫になります。


人名事典によると江戸長州藩邸内の塾で蘭学の教授をしており、その際に桂小五郎(木戸孝允)、伊藤俊輔(伊藤博文)と知り合ったとのこと。
この辺りは大村の動きと連動していると思われます。


https://blog-imgs-63-origin.fc2.com/m/u/r/murakumo1868/20140323_04.jpg


大村は鳩居堂を開いた直後に幕府にも雇われれていまして、蕃書調所の教授方手伝、講武所の教授になっている。
そこから2年、割と有名になってくると本貫地である長州から声を掛けられまして、長州藩邸で行われていた蘭書会読会に参加、教授するようになります。
更に1年後の万延元(1860)年、桂小五郎らに請われて長州藩士になっている。

その後、大村は長州藩の洋学教育機関の博習堂用掛となっていまして、野辺地が「長州藩邸で蘭学を教授」ってここでの話なのかと思いきや、博習堂は長州なんだ(笑)
恐らく麻布の下屋敷、場所を移した鳩居堂でだったのじゃないかと思う。
ただ、そこでの教授も後に辞めてしまったようです。どの位の期間教えていたのかは不明。
この辺り、『防長回天史』に載ってないかと思ってさらっと見たのだけど、なかったなー。
見落としたかもしれんけど。
あの本なんで索引ないんだ…


人名辞典にはその後南部藩の為に密かに尽力したものの、讒言の為に江戸の南部藩邸に捉えられ、あわや死罪という所で大村益次郎のとりなしで助命されたとあります。
……。
年代や具体的な話が何ひとつないぜベイベー…orz
多分幕末の本当にぎりぎりの段階の話だと思う。
盛岡藩が新政府軍に乗るか反るかの選択を迫られた前後の頃じゃないかなあ。
大村に助けられたというのなら、そのもう少し後の話ではないかとも、思えるけど…


明治維新後は南部藩から京都居留守役を命じられ京都在勤となるも、明治4(1872)年の廃藩置県で京都府に出仕することになります。
見れば府立の外国語学校の監督になり、女紅場の主管となってますな。

女紅場は正式名称「新英女学校及女紅場」と言いまして、新英女学校の方では英学と女紅(裁縫や機織りや刺繍等)、女紅場では女紅のみを教えていた。
見れば新島八重が在籍していた時期と重なるので、野辺地、彼女の上司だったんじゃないかと…
もしかして去年の大河で出てきた?^^;
そして江戸にいた時期に英語を習っていたんじゃないかと思うわー。
語学力を買われたんじゃないかなあ。

また、当時京都府の実権を握っていたのが木戸孝允の推薦で京都府に出仕することになった槇村正直ですので、野辺地はそのラインから引っ張られた可能性が高い。
そういう点から、実は京都府立総合資料館に行ったら野辺地の原典史料があるんじゃないかと推測してます。
推測はしてるけど調べに行く程の関心は私にはない。


野辺地はずっと京都にいた訳ではなく、京都府に10年近く奉職した後、東京に出ています。
そしてとある超高級料亭の創立に関わることになった。
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Comments

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2014-03-27 03:25 
ジゴロウ #39
何故かここに記しますが、廣瀬中佐110回目の命日、謹んでお悔やみ申し上げます。

この野辺地さんて、のへじ、のべち、で、読み方まで一貫してないんですよね。
以前、東北の人物の話をされた時、山屋他人の名が出ましたが、その親族だったような本をみた覚えがありますが…違ったらごめんなさい。

鳩居堂…銀座にもありますよ。文具屋。
2014-03-27 22:31  >ジゴロウさん
ヒジハラ #40[Edit]
そうですねー今日は広瀬の御命日ですが、広瀬に触れずに終わります^^;
(それでいいのか…)

そうですねえ。
地名から「のへじ」かと思いきや、見るものによって振り仮名が違うという。
なんででしょうね。ある意味難解苗字でしょうか。
ジゴロウさん、山屋は次回(多分)のネタです…^^;

鳩居堂、銀座にもありますね~
京都にある方は本店です^^
米内光政が銀座鳩居堂の赤い罫線の便箋を愛用してました^^
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