Para Bellum

明治・大正・昭和初期の軍人・政治家の話が多め
特に海軍と広瀬武夫、偶に江戸時代中後期/幕末

道頓堀

道頓堀に行ってきた。
用事があったのは難波だったのだけれど、なんとなくぶらぶら…


20170603


いかにもーという感じ。
ひっかけ橋でごわす。


20170603_3


カールなくなったらここのおじさんリストラやなー(酷いこと言う…
道頓堀の辺りは戦前、道頓堀5座と言いまして、芝居小屋が5つほどあったのですよ。
現存しているのは松竹座と国立文楽劇場だけかな?

五座のひとつに弁天座がありまして、下の写真で見ると道頓堀の奥の方に建っていた。


20170603_2


座主が尼野氏で、支配人は入婿した尼野源二郎という人物です。
広瀬武夫のお友達である。イケメンです(真顔)。
奈良十津川の出で、軍人か政治家になりたいと言っていたようなのですが、何故か芝居小屋経営者の養子に…
理由は当時の友人にもよく分からなかったそうです。

弁天座は戦前に何度か火事で焼失しているのですが、その立て直しに尽力していたり、後事業に乗り出してホテル経営をしていたり…
大阪の実業家として、割と名前の知れたひとだったらしい。
広瀬とは講道館柔道繋がりで、広瀬の紹介で加藤寛治と知り合ったりもしています。
陸海軍にはかなり顔の広い人でした。

広瀬は大阪に定宿を持っていたらしいのですが、私は単純にえー道頓堀でいいじゃん、イケメンに泊めてもらえよと思っていたのですね。
こちらの定宿はちょっと不便な場所にあるので。

何年か前に知ったのだけれど、その定宿の女将、イケメンの愛人やった。笑(加藤寛治情報)
あー…絶対これイケメンの紹介や。笑

しかし座主は養父、その後は義兄な訳ですよ。
マスオさん大丈夫なのか。(いらんお世話)
とはいえ入婿自体が結構頼み込まれての事だったらしく、その辺り色々あったのかなあとも想像…

それはともかく、道頓堀に来るたびに広瀬もこの辺りを歩いたのかなーと思う訳ですよ。
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