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秋山真之の書簡

3月に松山に行った際、坂の上の雲ミュージアムで秋山真之の書簡の釈文下さいとお願いをしましたところ、快くご了承下さいまして。
3月末と先日に分けて数年前に鑑定団に出ていた書簡2通と、未公開の書簡1通分を送付頂きました。
鑑定団に出ていたのはこちらのパンフで紹介されているもので、2通の内1通の冒頭部分の写真が出ております。

宛先は前川義一、海兵27期で同期に末次信正がおります。
書簡は大正6(1917)年3月14日と同年6月5日付のもので、「舌代」から始まる写真の書簡は前者、3月に書かれたものになります。
ちなみに「舌代」ですが、これ書簡の冒頭に使う言葉なんだろうかといつも思ってしまう…


秋山真之 


頂いた釈文を読む前にもう一回自分で書き下したのですよ。
テレビ見ながら書いた釈文よりはましやったわ…(なぜ書き下せたかと言いますとテレビ画像をスクショで取っておったからです)
というかあの時何故これが読めなかったと思う部分がちらほらあるぞ^^:
うむ…

まあ、分かることはやね、兵器の話は皆目分からん。(おい…
パンフの下の方に平岡貞一宛書簡(T6.1.26)の全文が出ていて、これが話としては繋がっています。
急行掃海具と曳航水雷の製作前(平岡宛)と製作後に行われた実験後の課題の話(前川宛)。


IMG_3918.jpg 
(平岡宛)


水雷関係かあと平岡宛て書簡の冒頭を見れば、「一昨日上京爾来」秋山は具合が悪かったようなのですね。
上京か、と思いきや秋山は当時第二水雷戦隊司令として舞鶴に赴任したばかりの頃でした(T5.12月補任)。
そら話題は水雷で、上京やろ(とセルフ突っ込み

はい、今日はここまで。
短くてごめんね。2回に分けるような内容でもないのだけれど。
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