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明治・大正・昭和初期の軍人・政治家の話が多め
特に海軍と広瀬武夫、偶に江戸時代中後期/幕末

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松山から帰ってきました

昨日の夕方に帰ってきました。
今回の目的は近場だけど旅行気分になれて旅費が安くて(重要)温泉に入れる所だったので、道後温泉でした。
歴史巡りは温泉のついで(笑
道後温泉も今年秋から長期間に及ぶ改修工事に入りますし(部分的に閉館しながらの営業になるそうです)、その前に行きたいとは思っていたので。
松山は行きたい所はもう行ってるので、温泉入って適当にぶらぶらして美味しいもの食べただけの1泊2日でしたん。楽しかった。


一昨日金曜日の8時頃に松山着で10時前に直接道後温泉まで(いきなり温泉行ったよこの女
何度目の訪問ですがびっくりするぐらいの空きっぷりでした。やだ、凄く快適…
その後秋山兄と白川義則のお墓参りに行き(道後温泉から歩いて5分ほど)、子規記念博物館に行き、水野広徳の墓所に行き、坂の上の雲ミュージアムに行って、もう一回温泉行ってこの日はおしまい。

次の日は行くつもりがなかった子規堂に行き、その目の前に大高源吾の遺髪が納められているお寺があって異様にテンション上がる。笑
大高源吾…!明日待たるるその宝船!
私前に来た時気が付かなかったのかしら…
あとは秋山兄弟生誕地に行って、もう一回ミュージアムの方に行ってデジタルミュージアムで文書を眺めとりました。
幾つか釈文が欲しいものがあり、お願いできるか確認したかったのだけれど学芸員さんが他の対応でなあ…
私も飛行機の時間が迫っていたので諦めた。


見ていたら寄託史料の中に広瀬武夫の写真があったのね。


IMG_3846.jpg


真ん中の有名な写真。
裏書に「謹呈 真之秋山盟兄 辱交広瀬武夫 明治三十六年正月」とあるそうです。

あと明治30年7月に、財部彪から贈られた財部の写真もありました。
明治30年7月と言えば海外留学の直前で財部は秋山真之、広瀬武夫とあっちこっちの視察旅行に行っていた時期。
そこででのやり取りの中でだろうと思いますが、なんか嬉しいぞ。

森山慶三郎から贈られた写真もあった。明治29年。
森慶と言えば森慶宛て秋山書簡でも気になるものがあって、もう少しちゃんと読みたかったのだけれど少し時間がなかったわ…

あとあーやっぱりあったじゃんと思ったのは、秋山真之、山梨勝之進、米内光政がワンショットに納まっている写真!(「Extraordinary」の時の写真です
うわー、すごい!欲しい!(笑)
2・3枚あったよ。
1枚は山梨さんから秋山家に贈られたとありました。

企画展の図録もいいのだけど、所蔵している書簡や写真の図録があればいいのになあ…
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