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五代友厚像・大坂西町奉行所跡

五代友厚、大阪市内に銅像が3体ありまして、ひとつは北浜の大阪取引所(旧大阪証券取引所。大証ですね)。
2つ目は光世証券、3つ目は大阪商工会議所前。
歩いて行ける距離に同一人物の銅像が3体というのは中々珍しいと思う。


五代友厚


こちらは大阪取引所前。すぐ近くに適塾があります。
ちなみにここからほど近い所にある日銀大阪支店に五代は屋敷を構えていました。


大阪商工会議所_五代友厚


こちらは商工会議所前。
手前が五代、中心が五代の娘婿でもある土居通夫。こちらも大阪の財界人・実業家。
通天閣の「通」は土居から取られています。
そして井上(馨のゲテモノ)料理の犠牲者?でもある。笑える(酷い
私の中では専らこっち。
 
光世証券の方は写真があると思っていたのだけど、なかったわ。
手が繋げる銅像。笑

五代は大阪取引所の前身である大阪株式取引所の創設発起人であり、大阪商工会議所の方では初代会頭であるのですね。銅像はそれで。


鹿児島_五代友厚像


こちらは鹿児島に行った時の写真。
鹿児島中央駅前にもあります。あちらは沢山の中のひとりだけど。


鹿児島_五代友厚誕生地


鹿児島の城山の近辺にあった五代友厚誕生地碑。

五代は明治18(1885)年東京築地で亡くなっていますが、お墓は大阪にある。
天王寺にある市設南霊園。


阿倍野


あべのハルカス25階からの風景。
画面中央に同じデザインのビル3棟が見えていますが、そのもうちょっと奥に霊園があります。

広瀬武夫の嫂春江の父・安井譲のお墓もこちらにあるのです。
安井の妻の兄の子供が加藤高明でして、春江女史とは従兄妹の間柄。
加藤を見出して上京させ、勉強の機会を与えたのも、「高明」への改名を勧めたのも安井夫妻で、加藤からすれば正しく恩人。
来阪した際、加藤は必ず安井の墓参に来たそうです。

そう言うこともあって、一度行ってみたいのだけれど中々機会がありませんな。
五代はともかく安井は探せない気がする。

***


大坂西町奉行所


大阪商工会議所の北側に石碑がいくつか認められました。
近付いてみる。
左側のふたつは戦後関係であったのでスルーします。
なので奥に見えている石碑ですね。


大坂西町奉行所


西町奉行所跡やった…

ここやったんか。
東町奉行所は大坂城のすぐ近くにあるのでぼちぼち見る機会もあるのですが、西町奉行所は初めて。


大阪城、東町奉行所跡


元々東西隣り合っていたものが、火事で西町の方が移転しています。
それが享保9年だそうで、と言うことはここで矢部定謙が執務していたのですね!
わーい!


大坂西町奉行所


解説を読めば初代大阪府庁もここに置かれていたそうです。
奉行所の建物がそのまま使われていたとのこと。
何でなくなったのかな。空襲か。
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