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明治・大正・昭和初期の軍人・政治家の話が多め
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(1)江川太郎左衛門

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古本屋で見つけた。
懐かしの月刊松下村塾…!(笑)
100円やったー。
吉田松陰とその門下生に特化した月刊雑誌?ムック本?
全12冊で、家には萩で買った2冊があった。
いや、発売当時は普通に近所の本屋にあったものの別にいらないやーって感じだったんだけど、萩で見かけて欲しくなったんだよね。
子供か。

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その時買ったのは入江九一・野村靖兄弟と吉田稔麿の巻。
趣味丸出し。
笑。
今思うと何故伊藤博文の巻と山県有朋・赤禰武人の巻を買わなかったのか我ながら謎なわけです…

で、木戸孝允の巻には江川太郎左衛門が載っている。

http://blog-imgs-63.fc2.com/m/u/r/murakumo1868/2014_03020282.jpg


先日出てきた江川太郎左衛門です。
代々太郎左衛門を名乗っていますが、当時の当主は英龍。恐らく一番有名な人物だと思います。
日本で初めてパンを焼いたとか反射炉を作ったとか、そうしたことが有名だと思うのですが、それは話の末葉。
老中水野忠邦に抜擢されて幕府の軍制を西洋式に改革しようとした人で、そこが幹になります。

前に名前を出した渡辺崋山同様尚歯会のメンバーです。常連ではなかったみたいだけど。
尚歯会はとある紀州藩士が作った、飢饉対策を話し合う知識人・有識者の集まりだった。
別に洋学研究ばっかりしてたわけじゃない。
一般的なイメージとしては尚歯会=蘭学者(洋学者)の集まりのように思われがちですが、実際にはそうではなかったんですね。
尚歯会のメンバーで、蛮社の獄の被害者になった渡辺崋山や高野長英が洋学・蘭学と関係が深かった為、そうしたイメージが強くなったんだと思います。

元々は飢饉対策の研究会だったのが、西洋事情や海防といった政治の分野にまでどんどんと話が広がっていった。
江川が江戸湾測量を水野から命じられた際、西洋式の測量技術者を推薦したのは渡辺崋山でした。
そして推薦されたのは高野長英の弟子だった…
江川も崋山同様、尚歯会の人間が持っている知識や人脈を海防・国防に利用していた。
尚歯会は一種の私設シンクタンクのようなものだったと思います。

で、なんで江川と木戸孝允と関係あるのかといいますと、幕末、木戸は江戸に出て剣術の修業をしていました。
当時江戸で有名な道場は3つあり、

位の桃井(鏡新明智流)
技の千葉(北辰一刀流)
力の斎藤(神道無念流)

桂はこの内の斎藤弥九郎の門下生でした。
有名な話ですが坂本龍馬は千葉道場、武市半平太は桃井道場になります。

この斎藤弥九郎が江川と随分近しい関係にありました。
うん。
近しいというかね、ふたりは剣術の兄弟弟子なんだ。
神道無念流の撃剣館で学んだ中で、斎藤は江川の父から目をかけられて江戸でのお雇いということで、些少ながら給金が払われていたようです。


この撃剣館に剣術稽古に通っていた著名人はこのふたりだけではなく、藤田東湖や渡辺崋山もいた。
川路聖謨もそうですし、この辺り剣術を介在した人脈の広がりというのは、幕末もそうですが面白いものがあります。
藩とか身分とかの垣根を越えてしまう所があるよね。
崋山と江川は一応兄弟弟子になるわけですが、ちょっと年が離れているので、同じ時期には道場に通ってなかったんじゃないかなー。よく分からん。
江川に崋山を紹介したのは川路と羽倉簡堂(このふたりも水野忠邦の懐刀)だと言われています。


撃剣館の師が亡くなった後、斎藤は練兵館を立ち上げますがそれは江川家の援助の賜物でした。
そして江川英龍は韮山代官の跡目を継いだ際、親しかった兄弟子斎藤を韮山の手代として迎えています。
職掌上は部下になった。
この人たち、代官管轄地の見回りをするのにふたりして行商人の格好をして領地を見まわったりしている。
本当に親しかったようです。

江戸湾に台場の必要を説き、ペリー来航の直後にその造築・監督にあたったのもこの江川で、斎藤弥九郎は工事の指揮をしていた。
これが現在も残っている品川のお台場ね。

変なところで切れるけど続くよ!^^;
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Comments

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2014-03-03 23:54 
ジゴロウ #25
お久しぶりです。
いつの間にか、矢部定さんとか、江川さんの話をされてたんですね(喜)

尚歯会は、日本の飢饉などをなんとかしよう→青木昆陽が唐芋使ったように、西洋に解決のヒントあるかも→蛮社で、蘭学結社イメージになったんでしょうかね。

ブログすごい楽しみにしております。
2014-03-05 05:56  >ジゴロウさん
ヒジハラ #26[Edit]
お久しぶりです!
矢部とか江川の話はサイト更新に合わせて、なんとなく始まったというのが…^^;
内容案内だけで、纏まった話を書く気はなかったんですが。あれ?笑

ここまで書いてしまっているので、こうなったらいくつか気になっていることを消化してしまうつもりで、もう暫く江戸時代の話を続ける予定です。
お付き合い頂ければ幸いです!
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