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「明治時代県政の記録」展@兵庫県公館

変な所で途切れた前回の続き。


兵庫県公館


初代兵庫県知事が伊藤博文なのですね。
そういう関連もあり、神戸には伊藤に関する史跡が少数ですが存在しています。
兵庫県公館もそのひとつ…
と言っていいのかという気がしますが、そういうことにしておこう。笑
関連の遺品が幾らかあります(どれ位あるのかは知らない)。

今回の展示会で出ていた伊藤関連は書簡1通。
しょかんいっつう。
もう少し点数出して欲しかったー(心の声)


内部の写真撮影可。
下写真に写っている3人のうち、左側の人物が伊藤博文、中心の人物が中島信行。
明治元年かな?場所は花隈だそうです。


兵庫県公館、伊藤博文


中島は通称作太郎、土佐の人。
土佐勤王党、海援隊、陸援隊を経て新政府に出仕。
板垣退助の自由党に参加して副総理、あと衆議院の初代議長を務めている。
割と有名な人ですな。
明治元年5月…というか、まだ当時は慶応4年だけど、1868年に伊藤博文が兵庫県知事となった際には、中島は兵庫県判事となり伊藤の補佐していたそうです。
そうなんだ。

扁額が掛かっていますが、左側は東久世通禧、右側は伊藤博文のもの。
東久世は四卿落ちの東久世になります。
1868年年明けすぐに外国事務総督(今でいう外務大臣)に就任、神戸事件の折衝に伊藤と共に当たっている。

神戸は前年慶応3年12月7日に開港されておりまして(兵庫開港)、以降外国人が逗留しております。
その外国人と日本人の間で起きた諍いが神戸事件。
明治政府初めての国際事件になります。

こちら、現在の神戸の繁華街のど真ん中で起こった事件で、所縁の神社が残っている。
街に馴染み過ぎて気に留める人は少ない。


三宮神社


伊藤が兵庫県の初代知事となった理由は、この事件に関わっていた為であると思われます。
イギリス側とは面識があるし、英語もできただろうし。

そして今回展示されていた書簡はその神戸事件が解決した3か月後のもの。


兵庫県公館、伊藤博文


神戸事件とは何の関係もありません。(おい

続く!
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