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帰りなん、いざ

鹿児島の県立図書館、開館時間が平日は夜9時までだった。わーい。
一通り観光した後で閉館時間頃まで郷土資料をいくらか見ていたのですが、なぜか一番盛り上がったのが『上村大将追悼録』っちゅう。
あれ?桐野…

上村将軍言行録』なら持っているのだけれど、この本については存在すら知らなかったので、これは収穫でした。
上村彦之丞が亡くなった翌年、大正6(1917)年の地方出版で非売品である本が開架されていたことに驚いた。


http://blog-imgs-58-origin.fc2.com/m/u/r/murakumo1868/DVC00032.jpg


内容の半分ほどは追悼のために寄せられた詩歌だったのだけれど、所縁ある数人が言行録を寄せています。
野間口兼雄だったり佐藤鉄太郎だったり東郷吉太郎だったり。
東郷は東郷平八郎の甥ね。

早崎源吾は序文を書いていた。
2年程前に既出ですが、覚えている人は少なかろう。
早崎は三笠の初代艦長になります。
三笠兵員のストライキ@イギリスの責任を取らされるような形で予備役に編入されている(「戦艦三笠のストライキ」)。


花田仲之助の名前もあって少し驚いたのですが、そういや薩摩やったなと思いきや会文舎長という肩書で寄稿している。


鹿児島


会文舎、単に薩摩義士の顕彰会が入っている建物(上写真、石碑の右後ろに見えている建物)の名前なのかと思いきや、昔からあったんですね。
財団法人として現存、詳しいことは分からんが近世の郷中が引き続いているような感じに思える…

花田についてもかつて触れました。
といっても名前だけ。
陸軍軍人でして、日露戦争の際は大陸で馬賊を利用した後方活動をしていた(退役後)。

この時の後方活動は3班に分かれておりまして、第1班が花田、第3班が橋口勇馬少佐。
この第3班に加わっていたのが、辺見十郎太の長男、辺見勇彦になります。
ついでに言えば橋口少佐は樺山資紀の甥っ子。(「忘れがたみ~辺見勇彦、馬賊、日露戦争」)


秋山真之、広瀬武夫、上村彦之丞、黒井悌次郎


上村は19歳の時に維新を迎えております。
鳥羽伏見の戦いにも参加しておりまして、所属は5番隊。

ちなみに当時鳥羽伏見当時の薩軍の主メンバー。
2番隊長辺見十郎太、3番隊長篠原冬一郎(国幹)、4番隊長川村与十郎(純義)、5番隊長野津七左衛門(鎮雄)、6番隊長野津七次(道貫) 。

調べたら辺見くんと上村さま同年生まれやったわ…!


上村大将追悼録


桐野の名前も出てきたり…(名前だけな)

戊辰戦争後は海軍兵学寮に入るのですが、明治6(1872)年の所謂征韓論で西郷隆盛が下野するや、上村も勉強を擲って帰鹿します。


続く(すまん…
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