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明治・大正・昭和初期の軍人・政治家の話が多め
特に海軍と広瀬武夫、偶に江戸時代中後期/幕末

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『日清・日露戦争をどう見るか』他



結論から言うと、結構いい本だと思います。
ただ題はもう少し違うものにした方が良かったと思う。笑
日清戦争少し前から昭和恐慌までを非常にコンパクトに、流れが分かり易く書いてある。
内容はこの戦争を挟んだ近代の通史です。

「日清戦争・日露戦争は戦争の内容から見て”朝鮮戦争”というべきもの」という主張は、なるほどそうかと思う。
でしょうね、という。
副題にも朝鮮半島とあるのですが、ここまで全面に押し出しているにも関わらず、近代日本にとっての朝鮮半島の重要性やら、当時の政治家や軍人、まあトータルして日本の国家首脳でいいですか、彼らの中で朝鮮半島がどういう位置付けであったかの考察がないという不思議さ。笑
いや、そこは大事な所じゃない…?
省略したらダメな所だろう(笑)

本のカバーに何の為に戦ったのかとあるけれど、何の為に戦ったのかは書かれていない。
内容はこの戦争を挟んだ近代の通史です(2回目)
どういうことなの。

日清・日露戦争の辺りを『坂の上の雲』と絡めてした講演が本書の元になっていると前書きにあります。
その為『坂の上の雲』に対する話も随所に出てくる。
ドラマや小説の影響に対する懸念からの、いい意味でのごく常識的な批判と事実の訂正で、ああそうそう、そうなんだよねと。
サイトやブログの運営上、感じたり思う所がかなり重なり合っていて、個人的には共感する所が満載でした…


*************************




※読んだ後に不満がない方だけどうぞ。
  私の読書感想文なので文句は受け付けない(笑


近年売れてるんですよね?
アマゾンを見たら意外と評価が高くて吃驚したのですが、高評価を入れている人は「本当にあれでいいんだ…」という…
いや、なんと言うか…本当にあれでいいの…?
これ読んで歴史観が覆ったとか目から鱗とか言うてる人は、もう少し違う本を読んだ方がいい。
書評依頼を頂いといて何だが、正直言って何故この本が勧められているのか、私としては理解できないし「寧ろ読んだらダメだろ…」本ですわ…


”薩長史観”を見直すというのはいいんです。
一体何を以って薩長史観というのかという抑々論もありますけれども、まあそういう視点の見方もあって然るべきだと思う。
あと所謂”司馬史観”についても、アンチの側からの見方があってしかるべきだと思う(私自身もどうかと思う所はあれこれとあるので)。
ただこの手の本には例えば某作家とか某作家がいますが、薩長(というか長州)憎しで感情的になり過ぎていてお話にならない。
この本もざっと読みましたが、残念ながらやっぱりねえというのが正直な所。


ちょっとびっくりしたのですが、著者が言うには当時の身分が高い人は倫理観が高く、低い人(下級武士層)は倫理観が低いんだそうだ。うわー…
だから薩長土の志士はチンピラだそうだ。
すげえなこの差別感。
ここまで来るといっそ清々しさを感じるわ。
じゃあ薩摩の小松帯刀とか長州の高杉晋作とか、新選組はどうなるんだ…

著者がいう”高い倫理観”を備えていただろう幕臣や会津藩士を持ち上げる割には、会津が戦費獲得の為に北海道の一部をプロイセンに売り渡そうとしていたとかいう事実は勿論スルー(※)。
こういうことは著者が大嫌いであろう薩摩・長州だってしなかったのですが。

斗南に”流された”とあったけれど、猪苗代との二択で斗南を選んだのは会津です。
禁門の変で京都が火の海になった原因には、一橋慶喜・会津・薩摩・新選組の佐幕方が長州の敗残兵掃討の為に大砲を市中にぶっ放り、民家や寺院に放火したり、そういうことがあるんですが。

薩摩長州ばかりが悪くて、幕府や会津には欠点はなかったのですかねえ…
薩長(及びその他雄藩)にしたって、初めは「幕政を改革しよう」だったんですよ。
そういった流れに幕府が対応しきれずに最終的には「討幕」→「倒幕」になった訳ですよ。
抑々、どちらかが正しくてどちらかが悪いとか、歴史はそういうもんじゃないでしょう。

著者は司馬遼太郎の明治維新美化を批判するけれど、著者だって同じ事をしている。
(しかし一般的に薩長土は美化され過ぎというのは確かにそうだと思う。そして現代に至るも朝敵・賊軍め、官賊めと一方的に罵り合うファンが一部にいるの見るとどっちもどっちだなと思う)


そうとは言え、長州系の志士が池田屋で話し合っていたことや天誅は、私は絶対におかしいと思うけど。
長州の文久・元治の頃の行いが常軌を逸しているのは、そうなんですよね。
今迄何度か触れたことがありますが、池田屋で話し合っていたことや禁門の変とか普通にキ○○イの所業でっせ。
池田屋で話していた事なんて、祇園祭の宵山に御所に火をつけて天皇を連れ去ろう、青蓮院宮は幽閉、一橋慶喜と松平容保兄弟は殺してしまえ、ですからねえ。
個人的には思考経路が2・26事件と似ていると思うし、常識的に考えておかしい。

そういう点を批判するのは普通に理解できます。
ついでに書くと吉田松陰のファナティックでエキセントリックな所は私は好きになれないし。
(そして昭和のファナティック=狂気的、松陰のファナティック=純粋という司馬さんのスタンスもよく理解できんのだ…)


でも昭和の中国侵略が吉田松陰のせいだとは、流石に思わない。笑
更に衝撃的だったのは、東日本大震災後の福島の状況が薩長政権のせいにされていたこと(白目
ごめん、何言ってるのか分からない。
もはや突っ込み所も分からない。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎しとはこの事か。


内容全体がおかしいかと言われたらそうではなく、普通に読める所もあります(その”読める所”で阿部正弘がものっそ落とされていて、私としてはかなりあーあな感じではあるが)。
幕末以前、天保・安政期の幕府の奮迅の努力は、幕末の本ではあまり触れられる事がないように思うので、これはいいと思う。

だから余計に主観を排して、もう少し冷静に資料をつめればよかったのにね、と(要するに悪口で溜飲を下げてるとしか)。
ただそこにも難がありまして、引用参考文献に小説とかエッセイがずらずらと…
大学のミニ発表ででさえ「これらが典拠です」として参考文献として書き連ねたら普通に怒られます。
うーん、もう少しまともな本を上げてくれ。

司馬史観の批判が本書の目的のひとつのようですからそれは分かりますが、綱淵謙錠て。おーい。
小説やがな。
佐藤誠三郎とまでは言わないが、佐々木克や坂野潤治の本の1冊でも読んだのだろうか、この著者。
というか本を読む前に参考文献をチェックするのですが、それ見た段階で、あー、という感じですな。(偏りが著しい)

まあ、御題として頂かなかったら金輪際読むことのなかった本です。
そしてこの著者の本は二度と読むことはないだろう。


*****

(※)プロイセンへの蝦夷地割譲案

そう言えばあれから続報って出ているのかと思ってググったら、1か月ほど前に最新情報が出ていました。
(この記事を書いた今月初めはリンク繋がっていたのですが、もう無理みたい…)

「蝦夷地99年間貸与」
  会津・庄内両藩、戊辰戦争でプロイセン(ドイツ)に打診(yahoo 2016/9/21)
「蝦夷地99年間貸与」
  会津・庄内両藩、戊辰戦争で独に打診(北海道新聞 2016/9/18,21)

以前はプロイセンの宰相ビスマルクが却下したという話になっていたのだけれど、その後ゴーサインが出ていた。


(※土原註:駐日普公使からビスマルクに向けた書簡には
「会津・庄内藩の蝦夷地の領地に良港はないが、 ひとたび足がかりをつかめば他の地の購入が容易になるだろう
ともつづられており、海軍拠点確保に向けた意図が読み取れる。
(北海道新聞より抜粋。太字はヒジハラ)


正確には、会津藩庄内藩の北海道にある領地の99年貸与を担保に資金提供を持ちかけていた、ということらしい。

北海道、空想の話でも何でもなく、本当に租借地にされかけてた。
おおお…恐ろしいわ…

四ヶ国連合艦隊砲撃事件後、イギリスから彦島を租借地にと言われて断固拒否した”長州藩士”高杉晋作を思い出さざるを得ません。
(高杉はこの2年前に上海の租借地の実態を見ていました。一度貸したらその後どうなるかの見通しがついたと思われます)

会津・庄内が降伏したから無かったことになったものの、戦争が長引いていたら本当にどうなっていたことか。
マジでドイツ領北海道になってたんじゃないの…
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Comments

post
2016-10-23 00:02 
ジゴロウ #491
幕末ものの本は、どういう基準で判断しているか?が、會津だからやむをえないとか、長州は勝ったからテロも手段として正当化出来る、みたいに、同じ本の中でもズレてる本が目立ちますね…

例えば、會津好きの自分なんかが、『慶喜のこういうところはよかった』なんて意見も、『皮肉かよ!』みたいに言われたり、感情走りすぎで、ニュートラル視点をあまり見かけないのが残念なところです。

會津好きが、會津は政治に柔軟性ないと書いたり、長州好きが、長州のやることはすべて正義ではなかったと書いてるような本を早く読みたいです。
2016-10-23 08:17  >ジゴロウさん
ヒジハラ #492[Edit]
>感情走りすぎで、ニュートラル視点をあまり見かけない

特に会津に関する一般書はその傾向があると思うのです。
感情的過ぎて全てを薩長のあくどさ等のせいにしてしまい、冷静な政治的敗因の分析が無いように第三者から見ると感じます。

私も慶喜はどうだろうと思う所はかなりありますし、会津側からしたら腸が煮えくり返るのも分かりますが、しかし良い所だってあるはずで。
そういうのは好き嫌いの次元ではないと私は思うのですが、「皮肉か」なんて言われてしまうと、もう何も言え無くなってしまいます。

アマゾンで見る限りこの本は評価が高く、感想には「真実はこうだった」とか「歴史を見直す」とか…
多少なりともこの時代の歴史を勉強して来たものとしては本当に「はあーあ」という感じです。
司馬史観云々もそうですが、結局は読み手の器の問題ですね…
2016-10-23 08:59  本の題名
MV #493[Edit]
本の題名が「名は体を表さず」ってのはままあることでございまして。
というのも、題名は著者がつけたままで決まるって事の方がむしろ少数派で、出版社側が読者の目を引きそうなものを考えて付けることの方が多いんです。
出版社にしてみれば売れてなんぼで、売れないことには中身も読んでもらえませんから。

前に、中身は面白いのにタイトルだけやけにダサイな~と思ってた本の著者インタビューを新聞で読んだら、タイトルは出版社がいつのまにか勝手に決めてたと言ってたことがありました。
(うちの会社じゃないですよ。笑)

で、これは今に始まったことではなくて、明治時代の昔から。
もっとも、出版社の決めたタイトルの方がぴったりだったり、著者が「何が何でもこれじゃなきゃヤダ」と押し通したタイトルが浸透して、ついに普通名詞にまでなってしまうという逆の例もあるわけで。

水野広徳の『此一戦』、水野はもっと目を引きそうなタイトルをたくさん考えて出版社に提案したのだけれど、イチ押しもニ押しもその次もみんなはねられて、結局出版社側の提案した、当時の水野が一番平凡と思った『此一戦』に落ち着いたのだそ~で。
水野は後に、今となってはこれ以外の題はなかったというようなことを書いてます(笑)。

後者は桜井忠温の『肉弾』。
ありもしない言葉を作って作中に使うだけならともかく題名には……とだいぶ渋られたのを、桜井がごね通しました。
だから、ドラマ『坂の上の雲』で乃木が「肉弾戦」と言っているのは大間違いで、日露戦争中にそんな言葉はありませぬ(笑)。

うまいタイトルだな~と思う本に出逢った時は、著者と出版社どっちの命名なのかな~と考えるのも読書の楽しみの一部にしています。
2016-10-23 11:08  >MVさん
ヒジハラ #494[Edit]
そうなんですか!
そういう事情が…

確かにこの本の場合は日露戦争を絡めた方が売れそうです(笑)
というか確実に手に取られる確率は高くなりそうですね(笑)
そう言えばラノベが出版される際に大幅に題が改変されるという話が以前話題になっていたような…
同じ事情なんですね、きっと(笑)

しかしよく知っているタイトルがそうだったというのは面白いです。
肉弾戦なんて今や普通に使っている言葉なのに。
『此一戦』にしても最早これ以外の題はぴったり来ないような感じですが、水野も同じだったんですかね(笑)
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