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東北旅程、振り返り4(秋田・後三年合戦関連史跡)

東北の皆さま、台風大丈夫でしょうか…
何時もなら私が旅行に行っている時に遭う台風ですよね…
どうぞお気を付け下さいませ。

**

秋田県横手市にある金沢柵跡(比定地)から、麓にある後三年合戦金沢資料館へ。


厨川@金沢柵


その前に片目カジカのエピソードがある厨川を見てきました。
公園入口から北に向かって徒歩10分位?

源義家旗下の武将、右目を射られた鎌倉景政(16)がその傷口を洗い流したという川。
ダムが出来てその関連で護岸工事が施され、かつての姿はないと伺いました。
昔はもっと広かったのでは?それこそ舟を使って渡る程…
という話。

大阪にも鎌倉権五郎をお祀りする御霊神社があります。
あちこちにゆかりの地がある人らしい。

で、ここから更に10分程歩いて、


後三年合戦金沢資料館


後三年合戦金沢資料館。
後ろにこんもり見えているのは金沢柵跡です。山。
そして9時入館の予定が9時半頃になっていた。
ね、早くないんですよ、出発時間7時16分は…


後三年合戦金沢資料館


そして資料館前にはこういう看板が出ていた!
資料館が建っている辺りも清原氏関連の遺跡らしい。
金沢柵跡はあくまでも比定地で、まあここだろうという事なのだけれど、現在あるのは金沢城跡。
中世のお城なのですね。
なので上の看板では「特定の為の発掘調査」とある。

ただその麓の陣館遺跡は、これは11世紀、つまり前九年後三年合戦の頃の遺跡であることは間違いない。
四面庇の建物跡や青磁と言ったものも発掘されているそうで、陸奥の安倍氏に劣らぬ地方豪族であったことが伺われます。

資料館の学芸員さんと話していたのですが、青磁なんかは京都を通さず、直接大陸とのやり取りで得たものらしい。
また陣館遺跡、前回紹介した大鳥井山遺跡は平泉の政庁であった柳之御所跡と構造が酷似しているそうで、藤原清衡は清原時代の町造りを参考にしたのではとも考えられるのですって。
やだ凄い。

発掘作業はまだ続いているので、これからまた新しい事が分かるのでしょうねえ。
楽しみ。

2016_08230029.jpg


そして資料館の方とはかなり長話をする。
話が清原氏から安倍氏からあっち行ったりこっち行ったり、日本刀の話になったり(何故か)、かなり盛り上がる(もはや恒例w

そうね私この時代の東北史なら大体の事にはついて行ける自信があるわ♥
色々資料も頂いた。

しかし源義家のファンなんです♥と言っ(てしまっ)た時の、あちらの方の反応…orz
リアル「あっ(察し」(笑)
気を遣って話して下さってたなあ…^^;
いや、いいんですよ。
私のスタンスは幾ら好きでも「それはそれ、これはこれ」なんで。

「八幡太郎はやること結構えげつないですからねー。だから死後に地獄に落ちる話とかあるんですよねー(いい笑顔)」

大好きとか言った同じ口が数分後に吐いたセリフである。

そしてお茶まで御馳走になった上、歩いて行けるんかなあという素朴な疑問をぶつけた挙句、平安の風わたる公園まで送って頂いたのであった…(ありがとうございました…

しかしもっと滞在したかったー!
もっとお話ししたかったぞー!すんごく楽しかった!
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Comments

post
2016-08-31 00:54 
ジゴロウ #467
わかりますー

地形が変わったのが残念だったり、

資料や土地を発掘して、新事実がわかるのを楽しみにしたり、

地元のわかる人と話が出来ること

自分も、會津で、
『會津大好きなんです』と
『政治頭があれば…』
を同じ口で言っちゃったりしちゃうんですよね…
2016-08-31 06:31  >ジゴロウさん
ヒジハラ #468[Edit]
そうなんですよ…
言わんで良かったと思う事までつい(笑)

しかし地元の方と話していると、教えて頂くことが本当に多くて楽しいですし勉強になります。
旅行ならではだなと思いますねえ。
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