Para Bellum

Si vis pacem, para bellum

閻魔

以前紹介した『海軍思い出すまま』を借りていた際、同時に『海軍生活放談』(原書房/1979)も借りていた。
他館貸出しになってしまった為、手元に来た時には何が理由で読みたかったのか分からなくなっていたっちゅう…
いつものことですね。そうですね。

著者は大西新蔵、最終が海軍中将で海兵42期。
ホームベースが明治大正の私は全然存じ上げないテートクである。申し訳ない。
この方の自伝的な読物でした。

あんまり真面目に読む気力がなくて(すまぬ…)、飛ばし読み、斜め読みもいい所だったのですが、人事の話が面白かったです。
同時並行で目を通していた『海軍思い出すまま』にも人事の話があったので、読み比べで余計に面白かった。
これはまた後日。

この本であらーんと思ったのがですね、海兵15期が出て来とったのですよ。
おー!しかもかなりの紙片を割いて触れられている!
題して「高木大王物語」。
…おー…た、高木か…大王か…
この時点で余りいい予感はしない。笑

覚えていらっしゃる方はそう多くはないと思いますが、高木の名前は今まで何度か触れています。
日露戦争時には大本営海軍部にいた人物で、財部彪の日記にも結構名前が出てくる。
昨年「追憶」(秋山真之)という話を連載をした際には島田繁太郎の人物評を少しですが紹介しました。
下僚からはかなり評判の悪い人物であったようなのですね(追憶+α
で、そこへ来ての「高木大王物語」ですよ。

大西は遠洋航海後の大正4(1915)年に比叡に配乗されている。
当時の比叡艦長が高木七太郎大佐。
大西曰く「偉大な体格、グロな面貌」。


 (日露戦後の集合写真)


写真後列 左から高木、同期の永田泰次郎、江頭安太郎、舟越楫四郎、木佐木幸輔
前列 左から、片岡七郎、出羽重遠、斎藤実、山下源太郎

以前向井弥一のご子孫様よりもっと後年の高木の写真を頂いていて、それを見ると上の写真よりかなり太っている。
見た感じとしては首がない^^;


ビールは初の方を棄て、真中だけを飲み、底の方は飲まなかったという。
京都嵯峨の大呉服商の息子とかで、軍服は立派な服地を用い、ワイシャツは常に真白で洗濯したてのものであった。(略)
大王は肥満の故もあるが頸部が短く、軍服の襟のフックをいつでも外していた。


入浴時には従僕と従卒が二人掛で背中を流し、食卓には蓋物を三つ四つ欠かさず、上陸してはハーフと遊んでしたそうで。
…け、結構な言われ方である。笑
実家が京都の呉服商というのは何かで読んだことがあるのです。何でかは覚えてない。
とにかく良い所のボンボンだったらしい。
そんな人が何故軍人になったのだろうというのが私の素朴な疑問。


変なところで切れますが、続きます。
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