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今日の財部日記(6) 伊木壮次郎2

財部彪日記には

昼伊木広瀬二氏来参、共ニ昼食ヲナシ雑談(M26/5/20)

という一文があったり、また竹下勇宛書簡にも伊木壮次郎と何処どこで一泊して勘定未済だからついでがあれば払っといてだとか…
結構仲が良かったらしい(ちなみに引用文の広瀬は広瀬武夫です)。

財部は順調に進学すれば14期で卒業していた筈ですが、1年休学したため15期として卒業している。
休学の理由は病気だったようです。
「頭脳の佐藤(鉄太郎)、 剛毅の財部、長者の鈴木(貫太郎)、学問の松村(龍雄)」
という14期の”四天王”のひとりだったのですよねえ…
そもそも同期という辺りそりゃあ仲も良かっただろうよ。
出身地だって鹿児島と都城(※薩摩支藩)だし。

海軍兵学校に入校している時点で一般の人よりは身体的には強靭にできていそうな印象があるのだけれど、少尉任官前に亡くなってしまう人も、任官後すぐに亡くなってしまう人もいる。
近代に入っても人間は今よりも簡単に病気で亡くなってしまう。
大体において結核であったり脚気であったりするわけですが、伊木の場合は転地療養の理由が神経衰弱病になっている。
神経衰弱…ねえ…?
たださあ、伊木の転地療養、ちょっとおかしい所がある。

アジ歴で引っかかる伊木資料の一部。
 
 29年8月10日 海軍大尉伊木壮次郎転地療養の件
 29年9月11日 海軍大尉伊木壮次郎露領浦塩斯徳出張旅行券交付の件
 29年12月9日 海軍大尉伊木壮次郎転地療養願の件
 30年1月19日 海軍大尉正七位勲六等伊木壮次郎特旨進階ノ件

>29年9月11日 ウラジオストク出張旅行券交付の件
>29年9月11日 ウラジオストク出張旅行券交付の件
>29年9月11日 ウラジオストク出張旅行券交付の件

へー…ほー…ふーん…?
8月10日付けで転地療養している人間に何故ウラジオ出張パスポートがいる。
どう見ても不自然ですありがとうございました。
8月10日の転地療養はカモフラージュですかね。

ちゅうことで該当文書を広げてみるわけですよ。
ここでも釈文かよ手間かけさせやがって…(こら

該当文書(#C10125901600)には2つの文書(+付箋)が収録されています。


①9/11 海軍大臣→外務大臣 (案)
海軍大尉伊木壮次郎
右ハ曩キニ匿名ヲ以テ露領浦塩斯徳ヘ出張中之処一時帰朝ヲ命シ

再ヒ出張候ニ付更ニ無記名旅行券御交付相成度此段及照会候也

②9/11 玉利軍令部副官→三須人事課長
海軍大尉伊木壮次郎嘗テ秘密御用ヲ以テ露領浦潮斯徳ヘ出張ノ処
去ル六月命ニ依リ帰朝之際旅行券ハ同所貿易事務官ニ於テ取リ上ケ相成候
就テハ今般ハ用済再ヒ同地ヘ出発致候ニ付
此際更ニ前同様無記名旅行券御渡相成候様御取計被下度候也



太字は私がつけたもの。
文書の順番としては軍令部から海軍省人事局に連絡があり(②)、
そこより海軍大臣から外務大臣に無記名パスポートの申請がされている(①)。

匿名でウラジオへ出張、無記名パスポート、秘密御用でウラジオへ出張、再び同地へ出張。
あー…

要するにスパイですかそうですか。


もう少し続く。


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