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明治・大正・昭和初期の軍人・政治家の話が多め
特に海軍と広瀬武夫、偶に江戸時代中後期/幕末

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今日の財部日記

財部彪日記、漸く終わりが見えてきました。
読むだけは読んだけれど、それと釈文を取るのとではまた別の話だわー(今更)
サラッと読み流すのと一字ずつ文字に起こしていくのとでは言わずもがな大分違うのだけれど、PCが必要なので物理的な制約が…
それでも半年分あった日記もあと明治30年8月分を残すのみになりました。

サイトに上げている「公文書に見る広瀬武夫」でも考察しましたが、留学直前になる7月が滅茶苦茶忙しい。
オフィシャルでは国内の軍事設備の視察ぐらいしかしていなさそうに見えるのだけれど(そんなわけないって…)、プライベートでは友人知人の訪問と送別会の嵐。
財部は本当にマメに日記をつけていて、今私が見ている半年間で記述がない日はほぼないに近い。
1・2回はあったけれどその程度。
それが出発前の1週間程は真っ白になっている。笑
広瀬武夫にしても当時の日記?からするに随分忙しかったようで、これは同時期に留学した秋山真之や林三子雄、村上格一も同様でしょう。


村上格一、林三子雄、財部彪、秋山真之 


交通の事情も通信の事情も今とは違います。
幾ら家を空けることが多い海軍とはいえ年単位での海外留学・駐在は、特に家族にとっては大事であったと容易に推察できます。
海外にいる間に親族のが誰かが亡くなるというのが普通にある。
広瀬に至ってはロシア滞在中に祖母、弟、父を亡くしています。
向井弥一にしても三笠回航委員として滞英中に家族を亡くしている。
書簡には誰とは書いていなかったけれど、恐らく奥さんです。
だからこういう話が出てきたら周囲が早く身を固めて両親を安心させろと言うのですよね。
財部がそう言われたのと同じで。

その財部君の東京での定宿は有信館という旅館だったらしい。
有名なのかと思い調べてみたものの、ググっても神道無念流の道場しか出てきませんでした。
昔のガイドブックも幾らか見たけれどよく分からなかった。

村上格一、林三子雄、財部彪、広瀬武夫、秋山真之の5人は6月26日に各国留学の辞令を受けています。
財部本人は東京にいるのだけれど、当時彼は常備艦隊参謀でして辞令書は旗艦が停泊している横須賀に行っていた。
辞令は受けたけれど書類は受け取っていなかったのね。

それを取りに横須賀に行ったのが7月2日。
そして帰ってきたらなんかイネちゃん(奥さん)が…

…ってここで待て次号!
すまーん!眠い!(笑)
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