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明治・大正・昭和初期の軍人・政治家の話が多め
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サイト更新(入船山記念館・海軍病院跡・呉海軍鎮守府庁舎)

ちょっと落ち着いてきた。(ちゅうかもう正月は終りである
私ぐったり。犬もぐったり。正月なんて正直全然休みじゃない。
財部日記の釈文をいくらか進めたかったけど、あんまり進まんかったなあ…
まあその話はまた次ということで。

予告通りサイト更新です。

【近代史跡:呉(2)】

呉海軍鎮守府庁舎


今回は第2弾ということで、呉の入船山記念館、海軍病院跡、呉海軍鎮守府庁舎の3つ。
呉には2日間滞在し、2日間とも入船山記念館に行きました。
1日目は新人ガイドさんにつかまってしまいorz
申し訳ないが確実に私の方がよく知っている。
ひとりでゆっくり見たかったし、きれいな建物だから写真も沢山撮りたかったわー
それもあってリベンジで2日目も朝から入船山記念館に行った所またもやガイドさんにつかまる(笑)

捕まるというかめちゃ親切にしていただきました。
おじいちゃまでしたが、東郷平八郎の話をしていて小野浜造船所の話が出た辺りでお互い「お?」となった。
小野浜造船所は後に呉海軍工廠に吸収された、大和の初代艦を建造した造船所。
その時の監督官が東郷だったのね。
有名な造船所ではないので、スッと名前が出てくる人は多くはないし、出てくる人はそこそこ勉強している。
ということでお互い色々な前段階を抜かした会話が出来るということが分かる訳ですよ(笑)
「海軍病院跡とか、ガイドブックに載っていない所案内しようか」
と言われてふたつ返事でお願いした!

そうして再び入船山記念館を見学する時間が無くなったのであった…(長い言い訳)
でも入船山で広瀬武夫の短冊見てきたよ!まさかの!

呉の海軍病院には広瀬武夫の同期、海兵15期の福田久槌が入院しています。
ハンモックナンバー4位、入学試験も15期の大半が追加募集組だったのに(広瀬も)この人はそうではない、真実上位及第組。
ただ蒲柳の達だったのか、運が悪かったのか、肺結核に罹患して明治26年に亡くなっています。
故郷で療養したり海軍病院に入院したり…の間に広瀬も何度かお見舞いに行っていたようです。

入船山記念館(旧呉海軍鎮守府長官官舎)に面して海軍病院跡(現在も病院)があるのですが、広瀬もこちらを訪れたのだろうなと。

宜しければ遊びに来て下さい^^
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Comments

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2016-01-04 02:18 
ジゴロウ #385
ガイドさんの話、両方ともわかります。

親切なんですが…なんですが…
(むしろ俺が教えてやろうか・心の声)
だったり、
(うひょ~何この人!超当たり~・心の声)
ですよね。

呉の病院と言えば、山川二葉の子・景清が、海軍の軍医で、呉海軍工廠軍医長やってたりとか、何気にからむので、目が離せません。
2016-01-04 05:30  >ジゴロウさん
ヒジハラ #386[Edit]
そうなんです。
心の声どころか「教えてください」と言われてしまった(笑)
1日目の方は申し訳ないですが大外れでした…
御願いガイドさせてと言われて押し負けしました。貴重な時間が…orz

呉海軍工廠軍医長ですか。
軍とはいえやっぱりそういう方面に進む一家なのですね(笑)
しかしまた調べにくそうな…
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