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書簡と日記と

国会図書館には本当にチョー!久しぶりに行ったのですが、結論としては段取り八分の大勝利でした(いい笑顔)。
手間取るかと思いきや、思いの外スムーズに事が運んで我ながら怖い位だったわー
というか、この日は本当にすべて予定通りに事が進んで自分でもどうしたのだろうと思う程の出来でした。
準備って大事ね…(今更)
マイクロフィルムも触るのが久しぶりだったので大丈夫かと思ったけど大丈夫やったわ。
よかったよかった。

下写真に写っているのは向井弥一の書簡ですん。





財部彪の書簡等も複写してきましたが、ついでがあったら〇〇への代金の立て替えを頼むといった内容が多くて笑う。
こうやって同期同士であれこれ融通し合っていたんでしょうね。

結婚しましたっちゅうご連絡等もあり思わず笑ってしまったりもしたのですが、向井書簡、確かめたら抜けが出ていた…
別途複写依頼出しました。涙。
竹下勇のアルバム系でもしかしたら戦艦朝日関連の写真はないかと思ったのだけれど、写真は全般的に余りに写りが悪かったので今回は捨てた。

財部彪日記は精査する間もなかったので名前が出ている辺り、ばさーっと複写依頼。
明治30年の5ヶ月分くらいかな?あとプラスアルファで若干。
あらと思ったのですが、広瀬には森川潔夫という弟がいます。
森川家は飛騨高山で広瀬家が世話になった家で、請われて潔夫が養子に行った。

明治20年代後半に東京に遊学しているのですが、広瀬が露国留学する前に勧業銀行への就職が決まっていたようなのですね。
書簡から見て広瀬自身の周旋ですが、どうもこれ財部の伝手だったみたい。
やっぱり原典史料からは色々と情報出てくる。

今回時間がなく複写に回せなかったのが明治26年分の日記。
ただ閉室ギリギリまで読んでいたのですが、やっぱり出てくる広瀬武夫さん。笑
土曜に広瀬と遊んで日曜に竹下と遊ぶって、くっそ財部wうらやまw
羨ましすぎるww


財部日記 明治26年5月20日(土)
昼伊木広瀬二氏来参、共ニ昼食ヲナシ雑談
広瀬氏ノ言ニ贅沢ニ染ムハ●キニシテ●クスベキモ質素簡易ニ帰ルハ甚タ難シトスル処ナリト
言ハ簡ナリト言ヘドモ予大ニ之ニ感スル処アリ


そらそうだよね。
そんな大げさに感心するようなことでもない気がするんだけど…^^;
どういう文脈でそんな話になったのだろう。それにもよるか。

ついでに言えば広瀬武夫さん(26)、財部彪さん(27)です。
広瀬はこの時期、水雷術練習の為迅鯨乗組みです。@横須賀。
横須賀長浦に柔道場を建てるべく奔走していた時期で、海軍兵学校に柔道を入れた同志である財部ともあれこれやり取りをしていたと思われます。
6月7日条にも広瀬から書状が来ていて、それが柔道預金の件とあった。

初めの●は「易」かな?と思ったけどちょっと違うっぽい感じも…まあ字は分からんでも意味は分かる。
ていうか伊木って誰や。良く出ててんけど。
こんな感じで始終にやにやしっぱなしでした。この変態。
あー早くコピー到着せんかなー

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