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明治・大正・昭和初期の軍人・政治家の話が多め
特に海軍と広瀬武夫、偶に江戸時代中後期/幕末

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サイト更新 ミリ飯!軍艦のご飯

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・近代 【 腹が減っては(2) 】

近代1件、前回の続きです。
前回は冒頭に陸軍の話が少し入っていましたが、今回は海軍だけ。
ネイビーオンリー。(2度言わんでも分かる

見出しはこんな感じ。

【4】軍艦の食卓
1)軍艦の献立 2)士官の食費

【5】余滴
1)日露戦争時の糧食2例 
2)昭和期のスーパー(?)調理機具


軍艦の食卓の話はブログに上げた文章ですが、それに若干書き足しています。
余滴は書下ろし(大袈裟。笑)
まあ、一般的に見てどちらも割と興味をもたれる世界だと思います。

食べていたものとか着ていたものとか、生活史って身近なだけに面白いよね。
一般家庭でフライパンっていつから使ってるんだろうとか。
例えば洋服って当時の人どうやって洗ってたんだろうとか…
実はちゃんとクリーニングがあるのよ。
当時は西洋洗濯と言っていた。


士官の食費がね、どうであったかが本によって話が違っていて何だかよく分からなくなってしまった。
私は自弁だと思っていたのだけれど。
…明治10年代後半、士官と兵員の食費が共に金給制であったという点が、脚気発生の原因究明の切欠になったんだが。
うーん。

時代によって変化している所があるのでは?とも思うのだけれど…
参考にした書籍はどれも信用のおけるものだと思うので、困るパターンだなあ…^^;


参考にした本に日露戦争の頃の食卓手当の金額が出ていたんです。(今回更新分に写真出してます)
それでえ?手当?自弁じゃないの?と思ったの…

その本によると、
日露戦争時、明治37年の広瀬武夫、つまり出征している少佐クラスの1日の食卓費は60銭。
1日約9000円で、1食当たり約3000円。
もう少し安いかもしれないけれど、大体こんなもの。
うーん。豪勢だわー^^;
ただこれ、戦時手当の意味合いが強い金額だと思うので、戦争前はもっと安かったのじゃないかな。

広瀬が乗組んでいるのが朝日。
まだ新しい花形戦艦の一隻で、当時としては最新に近い厨房設備であったと思います。
出征している士官としては、かなりおいしいものを食べられる環境にいたと思うなあ。
広瀬は健啖家だからこの環境は嬉しかっただろう。笑


軍艦の厨房はそれまでは石炭での調理。
当時スチームでの調理が入り始めた頃で、確か三笠からだったと思う。(あやふやでスマン…
それが昭和になると電気が入る!
とは言え最新であったり規模の大きな軍艦になるけれど。

そしてあんな2000人とか3000人とかの食事、しかも同じ時間に出さないといけないなんてどうやって…
と思っていたけれど、まあ、ある所にはあるんですね、あんな機械。
詳しくはサイトをどうぞ。笑

日露戦争の頃、三笠とか朝日とかの最新、第一線の軍艦は大体800人規模です。
それに比べたら3倍くらいの人数ですもんねえ。
手作業には無理がある。


このシリーズの更新で一番ショックだったのは前回今回使った3冊の参考文献が手持ち。
内2冊は1度は読んでいる本だったことですかね!
そしてその内の1冊は広瀬武夫関連で私の名前が載っている本ですよ!おーい!
まるで何も覚えてませんでしたね!(笑)
この鳥頭!この節穴!(笑)
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