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腹が減っては

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この本をどうして借りたかったか思い出した。
脚気でした。やっぱりね。

明治期の脚気の話では必ず陸海軍の対立、陸軍の石黒忠悳・小池正直・森鴎外と海軍の高木兼寛の論争の話になります。
兵食への米麦混合食の採用の有無で日清日露戦争で脚気患者数に大差がついた。
陸軍はその後においてもなかなか認めず…
という話の持っていき方が王道。
詳しくはサイトに「日本人なら麦を食え」という連載がありますので、そちらをご覧下さい。力作です(自分で言う)(笑)。
大体において大正期のビタミンの発見のあたりで軍隊における脚気の話は終わってしまうのですが、それからどうなったの?という…

以前ミリメシというエントリで秦郁彦の本を紹介しました。
確かこの本だったと思うのだけど昭和に海軍でまた脚気がという話が出ていて、それで気になった(前置き長いわ)
でもなぜこの本だったかのチョイスはイマイチ不明…参考文献だったのかな。

この本によると昭和3(1928)年に脚気が発生していました。
発生したのは揚子江方面に派遣された遣外艦隊においてで、原因は食料品不足。
緊急出動であったため積載時間がなく、生野菜等の生糧品の積載量が既定の半分以下になってしまった。
それで明治中期以降海軍では殆ど発生していなかった脚気が多発したとのこと。

この本を見る限り突発的な話で白米に偏りが出たからとか、そういうことではなかったみたい。
特記されるようなことなら何かあったのかと思ったのですが、陸軍のように結局は白米回帰といったことにはならなかったようです。
そして糧食の話が中心なので昭和期の脚気の話は至極あっさりで、これ以上の記述はありませんでした。
ただ明治期の脚気の話は、海軍糧食の法体系が大きく変わる原因になっているので流石に記述は長いですが。

いやーほんとあっさり終ったわ!笑


それでも興味がない世界ではないので摘み食いで読んでいたのですが、兵食の1週間の献立が出ていて面白かったです。
この本に載っていた『海軍研究調理献立集』(昭和7年)の献立。
見ていると当時の日常食から大きくかけ離れた食事ではなかった様な感じはするけれど、海軍の兵食はかなり恵まれていておいしかったと言われています。
昭和になると明治とは随分違って結構色々な食材もメニューもあるし…
今から思う以上にバリエーションがあったのだろうなと。
ただマカロニシチュー(トマトソース)とかソテー煮込み(カーネーションクリーム)とかあると流石に海軍だなあとは思います。
というかそもそもカーネーションクリームが何か分からんわけだが。


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そして士官食の豪華なこと。
豪華というか。
大東亜戦争中でも司令部等では昼はフルコースだったという話がよく出ますが(朝と夜は各自好きなもの)、メニューを見ていると如何にもそうだろうなあという感じ。
伊勢海老のカレーライスとか。
浸しパンのバタ焼きってなんだろう。フレンチトースト?
ただ兵食の牡蠣ライスとかチキンライスとか松茸ライスとかも結構な御馳走に見える。^^;


そして明らかに違うのがデザート。


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兵食が三色汁粉とか二色羊羹とか砂糖煮とかである一方、士官のデザートはアングレーズとかアップルゼリーパイとかピーナツマカロンである。
聞いたことも見たこともないものが。
エ、エ、エクリアシャンチリー…?エクレア?
ビスケショコラアラビアンノワーズ?
ビスケット、ショコラ、アラビア風ノワーズだろうけど、ノワーズって何。ジェノワーズ(スポンジ)か。えー?ビスケットにジェノワーズ?
ショコラビスケットにアラビア風ノワーズを挟むとかか(膨らむ想像…)
というかアングレーズ(カスタードソース)だけでデザートは成立するのか…
キシル酒入りオムレツってキルシュ入りオムレットのことか。

そしてこの飲み物の部を見よ。


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(大和ホテル…)
こんなん軍艦で出す必要あんのか。(真顔)

アブサンがあるのに驚きが…
良かったのかな、こんなの軍艦で出して。
「アブサン水」とあるから大分希釈しているんじゃないかとは思うけど。

アブサンはアルコール度数が高いので(70度ぐらい)薄めて飲むことが多かった。
グラスに角砂糖を置いたアブサンスプーンを渡し、その上からアブサンを掛けて火をつける。
その上から水をかけて希釈したり、そのままストレートで飲んだり。

ジョニー・デップの「フロム・ヘル」って見たことあります?
ジョニデの映画では私はこれが一番好きだ(サスペンス・ホラーで、切り裂きジャックの話)。
この映画でジョニデがアブサンを飲んでいます。
火をつけたスプーンからグラスのアブサンに火が移り、グラス一面に青い炎が揺らめく退廃的な美しさがいい。
重要ではないのだけれど、結構印象に残るシーンです。

安い酒で中毒者が多く出たり、酒の成分で幻覚症状が出たりで一時は製造禁止になっていた。
映画でジョニデが幻覚で予知夢を見るのだけれど、アブサンが何か分からなかったらこの映画では単なる小道具の酒になってしまう。


士官食は自腹です。
食費だけでなく軍服なども士官は全部自弁のオーダーメイドになります。
その軍服も勿論1着では間に合わないので複数着誂えることになる。
10着20着とか、階級によっては30着だったり(多分個人の性格もあると思う)、そういう世界であったようです。
その上軍服にも正服礼服大礼服などの種類があり、それに合わせたベルトやカッター、手袋や靴といった着用品も必要な訳で。

世間一般から見たら軍人が高給取りの時代であっても、少佐くらいまでは結構厳しかったと思います。
家族がいたら本当にカツカツだっただろう。
それなのに士官は一流の料亭に行かないとだめだとか言われちゃう。(体面とマナーを学ぶ観点から)
明治の中盤ぐらいでは築地精養軒でいくら使っているかの会計チェックが行われていた。笑
行ってなかったり会計額が少なかったら呼び出されるんだぜ…

洋食のマナーという点では海軍兵学校の1号生徒がそういう授業を受けていました。
平たく言えば遠洋航海前のマナー講座、洋食を食べるという羨ましい実地訓練で、1号生徒の相当な楽しみであったそうです。

それなのにー
そこまで海軍省が心を砕いているというのにー
「恋する彼女、西へ」という邦画では現代日本にトリップしてきた海軍さんが洋食のディナーを犬食いしていた
最低や。
戦前の日本人はそういうことに慣れていないだろうという脚本家の勝手な思い込みだと思われる。
戦前の海軍さんは今の日本人以上に慣れているだろうよ。

海軍軍人というシチュエーションを使いたかっただけで、大して調べもしなかったんだろうなあ。
だってあの映画において軍人である意味はあまりなかったように思うし。
その方が劇的になりそうというだけで。
大河ドラマ篤姫の脚本家ですよ…


軍艦のガンルームの食事は結構豪華であったみたいです。
ガンルーム=士官次室でそこに入るのが中尉~少尉候補生といった若い人たち。
20代中盤ぐらいかな。大抵独身で家計とかまだあんまり関係ない。
金に糸目はつけない!感じであったそうです。笑
海上勤務だと手当が出るので、それもあったと思う。
一番よく食べる頃だろうし、海上勤務だと将兵問わず食事が一番の楽しみだろうし。

もう少し書きたいこともあるのですが、続きはWEBで!(最低やな。笑
続きはサイトに載せた時に書きます。笑


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Comments

post
2015-03-26 00:19 
ジゴロウ #265
食い物大事ですよね。
うちの親類も、煮物作りがうまいという理由で、しょっちゅう上官の側につけられて、色々いいことあったそうですし。

肝心なことはあまり教えてくれませんでしたが、そんなよもやまばかりでしたか、印象的でしたね。
2015-03-26 05:40  >ジゴロウさん
ヒジハラ #266[Edit]
そうでしたか!
陸海、所属科いずれにせよ兵卒で入った方の艱難苦労は私たちからすると計り知れませんから…
その位の役得はホント、欲しい所ですよね。
『海軍めしたき物語』を思い出します^^;
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