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明治・大正・昭和初期の軍人・政治家の話が多め
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「きみとぼく」 リターンズ(2)

※男色の話になります。無理な人は逃げてー
※サイトの「きみとぼく」(日本における男色の話)を読んでいることが前提になります



http://blog-imgs-72.fc2.com/m/u/r/murakumo1868/IMG_0249.jpg


この本には明治30年代に学生の間に男色が流行したことも載っていました。
それは当時の回顧等にも結構載っているので特に目新しさがある訳でもない。
本書には当時の新聞記事が載っていて、

『ジャパンデイリーメール』 明治29年9月2日
 牛込と四谷の一部の学生の間に、これらの地区では少女より少年のほうが夜間外出すると危険にさらされるような行為がはやっている
『イースタン・ワールド』 明治31年2月19日
 『万朝報』によると、東京の学生の間ではソドミーが大変はやっているので、紅顔の少年は夜外出できないほどである

無茶苦茶しよるがな。
明治30年代に東京の学生だった生方敏郎(ジャーナリスト)も、薩摩の学生をまねて、学生の間に鶏姦がかなり盛んだったという事を書き残しています。
ついでに書けば文豪谷崎潤一郎も子供の頃、薩摩の軍人に誘拐されかけとる。


維新後、明治新政府は西洋の価値観をも導入しますが、それによって否定された日本古来の風俗や考え方があり、男色はそのひとつでした。
本書曰く、


西洋の文化の影響が日本で優勢になり、古い慣習をすべてすみやかに投げ捨てねばならないと人々が考えるようになってはじめて、同性愛についての見解も変わった。
そして昔おおっぴらに行われていたことや、武士道のあらわれとみなされていたことは、
秘密にしておくべき野蛮で、非道徳なこととして今や追放を宣言された。
誤解した西洋文化の理想によって柔弱になり、とりすました宣教師の過敏な教えによって影響されて、
少年愛は堕落しているという見解はますます広まり、ほとんどすべての住民層の心をとらえた。
こうして日本人は、同性愛というものは非道徳的なものとしておおっぴらになるのは、
はばからねばならないが、しかし罰するには値しないものだという今日の見解達した。


政府としても禁令を出すんですよ。
明治6年に鶏姦罪が出されていますが政府が直々にアナルセックスを禁止したのって日本だけじゃないか。笑
ついでに女装も禁止されている。
女装は役者関係です。陰間茶屋でお金持ちに春を売る。昔は芸の肥やしと言われました。
ただ鶏姦罪は数年で撤回されています。
理由はまさに「おおっぴらになるのは、はばからねばならないが、しかし罰するには値しない」、これだろう。

「きみとぼく」でも書きましたが、日本では男色がアブノーマルであった時期の方が短い。
空海が日本に持ち込んだと言われてから、明治まで男色は普通に受け入れられていた。1100年程。
アブノーマルとみなされるようになるのは明治末からです。 100年程。
体面が悪いからと法律で禁じられて、すぐに無くなるようなものでもなかったと思います。

しかも禁じている政権が薩長土という屈指の男色が盛んな土地柄というこの矛盾。

何という説得力の無さ。笑
特に薩摩wwお前が言うなwww

この著者、この本を読む限りでは各国の習俗に根付く同性愛を頭から否定する姿勢ではない。
その辺りは民俗学者であるということもあるのだろう。
ただやっぱり上から目線だなとは感じるところもあり…
「少年愛が蔓延している」という書き方ひとつ取ってもそう思う。
引用にもあるけれど、日本はキリスト教から見た正しさや価値観を随分押し付けられてる。
読んでいててめーら何様だよという思いは、正直沸きます…


日本は必死で西洋化した。
その初期の動きが鹿鳴館だったりする訳ですが、けっきょく猿真似とか言われて馬鹿にされるわけです。
日本を多少なりとも知る外国人はバッスルスタイルのドレスを着るご婦人方に眉を顰めて、
どうしてあんなことをする、もっと日本文化を大事に
なんて文句を言う訳ですが、
あなた方は男が着物を着ていると馬鹿にして、女が着物でいると人形扱いして人間扱いしない
なんて伊藤博文が言い返したりしている。
明治の初めごろの政府の努力、あれは半ば小馬鹿にされているかような感じを受けるのですが、こうした文脈を飛ばしてそう扱われるのは本当に腹が立つ。
(西洋化推進の為に取った方法の良し悪しは別として)
持ち上げるのと貶すのを同時にしてくる相手とどう付き合えばいい。


へえと思ったのは、当時中国、朝鮮でも同性愛は盛んであったようで、しかも欧州でも有名であった模様。
元々日本の男色も中国(当時は唐)で流行っていたものをファッション的な感覚で輸入されただけと言われていますし、本家本元はこっちだよね。
日本はダークホースだった(笑)
どちらかというと芸者とか遊女とかそちら方面が有名で、日本の男色はほぼ知られていなかったようです。
日本に10年程滞在したお雇い外国人、医師ショイベでさえ、「少年愛は特に蔓延していない」。
実態は随分違っていたわけだが。

人の国の事には散々口を出すヨーロッパだが、同性愛がなかったわけではない。
というかかなりあったみたいなんだけど。
宗教的制約からおおっぴらに出来るか出来ないかの違いで、西洋ではアウトだったというそれだけの話。
実際には男娼の売春宿もあったようですし。
捕鯨には反対しといて残虐にカンガルーを殺し大量にコアラを殺すダブスタと似たようなものを感じるわけだ。


東洋では外観だけはウラニズムが非常に蔓延しているように見える。
これはここでは、中央ヨーロッパにおけるように、同性愛的交渉は、
いまわしく、異常なもののように見られていないという事情と、
同性愛的感情と行動は、おおっぴらにあらわれていて、ほとんど内緒にされていないという事情のためである。
アジア人の芸術、文芸、とくに民間伝承から、ここではあらゆる種類の愛は同じように評価され、
若い男に対する愛には道徳的な汚点がまったく付着していないことがあきらかになる。


見ていると世界中どこででも男色はあったみたいなんですよね。
それが異常性欲かと言われたらそうではなく、日本の男色と類似する点が結構ある。
そう思うとそれを異常・変態として禁じる方が異常だったんじゃないかとは思います。
寧ろ元々は異常視する方が少数派だったんではないかなあ。
視点がキリスト教ナイズ(なんやそれ)されすぎてるんじゃという気も…

いつも思うけどアジアの方が人間の生き方としてはおおらかで好きだ。
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