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ノモンハン戦史

『明と暗のノモンハン戦史』(秦郁彦)。

うーんノモンハンについてはなー…何というか虚無感しかないわ…
細かい話が知りたかったのではなくて(そもそも分からんし)、ノモンハン事件の研究が今どういう流れになってるのかなというのが主眼。


http://blog-imgs-72-origin.fc2.com/m/u/r/murakumo1868/IMG_0235.jpg


評価がこれだけ左右に触れた事件も珍しいというか、なかなかないというか。
グラスノースチでソ連側の一級史料が公開されて研究がぼちぼち進んできたわけです。
それまでは日本側が大敗北、大惨敗したと言われてきたわけですが、ソ連軍の史料公開でそれが真逆になり「実は日本軍大勝利だった」という話に。
そんな簡単な話なんだろうか…(という疑問)

損害という点から見たら、確かにそうも言えるんです。
この本を見ると参戦兵力は両国とも約7万で、戦死者は両国とも約1万人、死傷者数の総計は日本軍約2万、ソ連軍約2.5万人。
戦車や装甲車などの物的損害も双方ともかなり出ています。
ソ連軍の保有戦車の損耗率7割とかやでえ…
使える戦車がない印象と違うか。
事件の最後はもはやお話にならないような彼我の格差が生じていたわけですが、それを見ると日本軍が相当健闘したのは確かです。
健闘したというか、ほぼ互角に戦っていたというのが正確な所だと思う。
ホンマによく頑張ったわ…
大惨敗でもないけど、大勝利でもない。
戦闘という意味では引き分けだったみたい。

ただ著者の

「勝敗の判定は、何よりも戦争目的を達成したか否かで決まる。
そうだとすれば、戦闘の主目標はノモンハン地区における係争地域の争奪だから、
それを失った日本軍の敗北と評するほかない。」

この言葉に全面的に賛成します。
負け戦だったのよ。

物資がないというのと考えが固定化しているというのは本当に致命的だと思う。
ソ連軍が戦車は勝利を得るためにすりつぶすのを厭わない消耗品だと割り切っていたというのは、日本軍ができる芸当ではなかったでしょう。
日本軍にとって戦車は天皇陛下が下されたものですからねえ。
撤退したのも人的損傷よりそっちが惜しかったからだとか、言われてたりするし。
お国柄と物も資金もないから余計にそういうことになっていくのだろう。
人間より連隊旗が大事とかそういう軍隊ですもんね… 
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