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明治・大正・昭和初期の軍人・政治家の話が多め
特に海軍と広瀬武夫、偶に江戸時代中後期/幕末

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鈴木貫太郎の昭和

(※題は大袈裟)

明日のNHKの歴史番組が鈴木貫太郎だそうで。
九死に一生スペシャルの第6弾をするのか(第7弾まである)。
明後日は2・26事件の日ですものね。

証言テープが見つかったということですが、テープが見つかったのは2年前です。結構前やぞ。笑
当時ブログでNHKニュースを掲載したので覚えている方もおられると思います(現在非公開)。
そういえばこの話はNHKでしか見なかったのだけど、NHKのスクープだったのか。

NHKによるとこの証言テープは昭和40年代に鈴木の妻が千葉県野田の青年団から頼まれて話したもの。
内容は2・26事件の事だけなのか、ニュースで流れていたのはそこだけだったので全容は分からない。

押しかけた青年将校らに鈴木が、
「何事が起こってこんな騒ぎをしているのか。話したらいいじゃないか」
と対話を呼びかけていたことや、銃撃された鈴木を前に妻のたかが青年将校に、
「とどめだけはどうか待ってください」
と訴えたところ、
「止めは残酷だからやめ」
と部下に命じたことなどが語られているとのこと。
明日テレビで流れるのはこの辺りじゃないかな。


上の青年将校、鈴木を襲撃した指揮官は安藤輝三大尉になります。
妻の訴えに安藤は止めをささなかった。
安藤は鈴木と面識があったそうで、忍びないという気持ちもあったことはあったと思う。
ただ主な理由は、息の根を止めなくてもこの状態なら死ぬと思ったからでしょう。

鈴木が銃撃された部分は左胸(心臓の辺り)、頭、肩、睾丸になります。
左胸と頭をいってるあたり、まあ、普通そう思うわな。
安藤率いる兵隊が去った直後に駆けつけた長男は、直径1mほどの血の海に頭をつけて俯せに倒れている父を見ています。


鈴木貫太郎


鈴木本人はというと、この状態でも意識があった。
大至急駆けつけてきた医者が自分の血溜りで滑って転ぶのまで見ています。
ただ医者が処置している間に意識が飛んで、ついでに脈も止まった。
…のですが、輸血がギリギリ間に合って命拾いしています。(輸血あったんや
4発命中している内、頭部は弾丸がこめかみから耳の後ろに抜け、左胸は弾丸が背中に残るという状態。
鈴木は69歳。
本当によく助かったと思う。


2・26事件で狙われた人物は鈴木の他、岡田啓介(首相)、斎藤実(内大臣)、高橋是清(蔵相)、渡辺錠太郎(陸軍教育総監)、牧野伸顕(前内大臣)ら。あと元老西園寺公望も。
斎藤、高橋、渡辺が犠牲になり、岡田、鈴木、牧野、西園寺は命拾いした。

鈴木がターゲットになったのは侍従長という立場を利用している”君側の奸”と青年将校らから見做されたため。
鈴木の侍従長就任は昭和4(1929)年ですので、事件が起こった当時昭和11(1936)年で在勤7年目になります。

珍田捨巳の死去に伴う後任人事だったのですが、就任直前の鈴木の役職は海軍軍令部長。
侍従長になる為に予備役編入というかなり異例の異動になります。

昭和2(1927)年の海軍大演習の際、昭和天皇やその側近らが海軍首脳と接する機会があった。
大演習の責任者は鈴木軍令部長ですから、お上に近侍して様々説明をする機会があるのですがその時に目をつけられたようです。

側近らはこの大演習の際、海軍に密に接して、陸軍と比べて見聞が広いとか、有為で信頼に足る人が多いとか、そういうことを感じたらしい。
鈴木に対してだけではなかったようですが「中でも鈴木だ」と、珍田侍従長や牧野伸顕内大臣が鈴木を随分気に入った。

牧野は大久保利通の次男になります。
当然海軍薩摩派との繋がりがあり、山本権兵衛とも仲が良い。
そうした背景から海軍の雰囲気は大体分かっていたと思うので、鈴木本人を知って余計にそうした感があったのではないかと。
珍田亡き後、後任に鈴木を強力に推したのは牧野です。

ただ鈴木からすると、侍従長云々はいきなり降ってわいた話だった。笑
「無骨一辺倒だから無理だと思う」と断る鈴木を、一木喜徳郎宮内大臣が何時間もかけて説得。
一旦保留はしたものの、結局受けることになった。
いきなり全然違う畑に飛び込むことになった鈴木ですが、
「大船に乗っているような気持でいられた」
と当時の侍従から言われたりして、どっしり構えた安定の安心感がある侍従長だったようです。
わかるわー
鈴木の妻たか(後妻)が幼少時の養育係であったりと、昭和天皇にとっても気安い所があったと思うし。


鈴木貫太郎


また昭和20年、戦争終結時の首相でもあります。79歳。
耳も遠くなっていて、普通に考えたら首相就任なんて無理でしょう。
鈴木は大命を拝辞しますが、
「頼むからどうか枉げて承知して貰いたい」
と昭和天皇に頼まれています。

天皇が「頼む」というのは本当に異例中の異例です。鈴木だけじゃないか?
首相任命は、大命降下、であって、命令なんです。
『タイムスリップ竜馬と五十六』で東条英機が首相に立候補してましたが、立候補してましたが、立 候 補 してましたが、そういう性格のものではないのである。学級会かよ(※電車で読んでて大きく噴き出した)


鈴木内閣は終戦の為の内閣でしたが、首相就任に際しては流石にそんなことは言えません。
鈴木ののらりくらりは、和平推進派である米内光政海相や東郷茂徳外相でもその腹が読み切れず、
「え、これ本当に大丈夫?」
と思うこともしばしば…^^;
最終的には誰もが避けてきた聖断を鈴木が天皇に求めたことで戦争終結が決まった訳ですが、こういうことは鈴木だからこそできたのだろうと思います。
昭和天皇とのそれまでの繋がりやそこからくる信頼、年の功も大きかっただろうけど、こうと決めたら筋を通してしまう腹の据わり方が、鈴木はちょっと常人とは違う気がします。

鈴木についてはサイトに「筋金入り」という文章を載せています。
宜しかったらそちらもどうぞ。


個人的には敗戦時の話など他にも話題がある鈴木より、出来たら亡くなった斎藤実の話をして欲しいと切実に思う。
斎藤だってすごい軍人政治家なんだけど…
特に朝鮮総督時の話なんかしたらいいと思うよ。無理そうだけど。
朝鮮人からも「斎藤さんには会いたくない。会ってしまうと断るつもりの話でもハイって言ってしまうから」
と言われるほどの徳望の持ち主。


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若い頃はシュッとしていて、米国駐在時に体格を良くしたいと毎日ビールを配達してもらい(※間違った太り方)、大家に外聞が悪いから止めてくれと言われたり、人力車を降りる時に顔面から落ちて吃驚した友人を安心させる為に鼻血垂らしながら笑ったり。先に拭けよ実。余計怖いわ。
斎藤実記念館でみた薄紫のシルキーなパジャマが忘れられません(胸元に濃紫のリボン付き)。
服は全部奥さん任せだったそうですん。あれは春子さんの趣味なのか。
好物はほやです。味噌汁も好きで卵3個4個入れて食べたい。コレステロールの摂り過ぎですね。そうですね。
そうめんや甘いものも大好き。
郵送する場合は東京市四谷仲3-44までお願いします。
予め連絡する場合は電話番号600番ですのでお掛け間違いのないように。
(悉くどうでもよすぎる情報)
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Comments

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2015-02-24 22:32 
ジゴロウ #253
鬼貫の226のことを初めて見たときは戦慄しましたが、若い頃の窮死エピソードをしると、『まぁ弾丸くらいなら…』と思ってしまう自分がいます…

斎藤は、前ブログのビール腹の写真のインパクトが未だにあって、それ以外が頭に残りません…
2015-02-24 22:48  >ジゴロウさん
ヒジハラ #254[Edit]
流石に2・26事件が1番過酷ですよ…(笑)
ただ動いている軍艦から落ちたり、一酸化中毒で三途の川渡りかけて助かってるのを見るとまあ…^^;

斎藤のあの写真、インパクト凄いですよね。
あのお腹…(笑)
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