Para Bellum

明治・大正・昭和初期の軍人・政治家の話が多め
特に海軍と広瀬武夫、偶に江戸時代中後期/幕末

追儺

週末から珍しくも地元が大変寒く粉雪(に毛が生えたようなもん)がちらほら降ってたりしてます。
寒いっすなー。

冬は私が一番好きな季節です。
寒いと言ってもたかが知れる地域に住んでいるからだろうけど、11月から2月が大好き。
その話をしたら秋田と岩手出身の子に白い目で見られましたよ。
曰く雪下ろし辛すぎという話だった。


昔読んだ高橋克彦(岩手出身、在住)のエッセイに、東北が貧しさから中々抜け出せないのは冬の防寒費用(人的労力、衣類・住居の対策や暖房費)が他地域と比較にならない程かかるからだと書かれていたのが印象的でした。
暖かい地域では必要のない費用が冬に飛んでいく。貯えても冬に飛んでいく。
単純に考えてその差額分だけ他地域は豊かな訳で、という話。

でもこの話はちょっと単純化しすぎで、例えば九州で必要で東北で不必要の費用だってあるでしょう。
ただ約半年が冬、継続的経費が要るとなると、前提条件からして随分話は違うんだろうと思う。
住んだことのない人間にはちょっと想像できない世界ではある。


節分ということで、年に4回ある節分(立春、立夏、立秋、立冬)の1回目!
明日から暦の上では春です。ふざけるな。(※春が嫌い)

恵方を向いて巻き寿司を食べる風習が関西のものだと知ったのはつい数年前です。
諸説あるらしいけど、数十年前に大阪の商家から始まって、その内大体的に売り出されるようになった言ってみりゃバレンタインみたいなもんだとその時初めて知った。
節分にはお寿司食べて鰯食べて、食べ終わった鰯の頭を柊に差して裏庭に差しておくというのが子供の頃から続いているので、巻き寿司も昔々からあるもので、ついでに全国区だと思ってました。
ちゃうかったんね。

しかしながら聞けば年配の方は「子供の頃は恵方巻きとかなかった」とか言っていて、そうなんだと。笑
そして子供の頃から食べてた私でも、恵方巻きなんて、そんな名前ついてなかったように思う。
普通に巻き寿司だった。

「数百年続いてるとかならまだしも高々数十年。しかもお商売で作られたなんちゃって伝統のくせに、朝のニュース番組(しかも東京の)で正しい食べ方(そんなんあるんかい)とか、食べてる時に話しちゃいけないとかしたり顔でお作法語って、ものすごいアホみたいやな」
朝からすごい毒舌やな

淡々と思ったことを口にしたら爆笑された。
作法wとか別にいらんし、美味しく楽しく食べて一年健康だったらそれでいい、というので話は落ち着く。


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うちの巻き寿司。至ってシンプル。
というか巻き寿司より寧ろメインだったはずの豆撒きですよ。

節分に豆を撒いて鬼を追うという行事のルーツは古くて、平安時代からある宮中行事です。
それが今日の題の「追儺(ついな)」で、「鬼やらい」とも言います。
難を追う、鬼を追うという位の意味だろう。

平安時代の宮中行事は大きな面をつけた方相氏がお供を引き連れて鬼を追うというもの。
豆は撒いてなかったと思う。
鉾と盾を持っているのですが、それを地に打ち付け、鬼やらい!と叫ぶんじゃなかったかな。
曖昧でごめん。

平安神宮が追儺式を再現していますので、興味がある方はグーグル画像先生に聞いてみてください。
方相氏がどんな感じか分かります。


鬼を追うのに使うのが豆ですが、民俗学的に言うとここは桃じゃないのかしらと初めは思ったわけですよ。
桃は古代から邪気を払う力を持つ果物として見られていて、パッと浮かぶのが2つの有名な話。

ひとつは『古事記』。
イザナミを黄泉国に迎えに行ったイザナギが、腐乱した妻の姿を見て逃げ出す場面があります。
イザナミはその仕打ちに怒り狂って悪霊らと夫を追いかけますが、イザナギはそれを追い払うために桃を3個投げつけて撃退しています。

もうひとつはおとぎ話の『桃太郎』。
めっちゃ分かりやすいね。
鬼退治に行くでしょ?だから「桃」太郎なんだよ。

豆にも厄除けとか魔除けの力があるという話なのだろうなあ。
「魔を滅する」(っする)とか、そういう話は聞いたことがあるけど、まあ何か謂れがあるんでしょう。
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