Para Bellum

Si vis pacem, para bellum

ツミとバツ

ラスコーリニコフの話ではない。

年末に頂いた『江戸時代の罪と罰』。


http://blog-imgs-72.fc2.com/m/u/r/murakumo1868/20150113.jpg


なんということでしょう…!東京羨ましすぎ。
国立公文書館の特別展のパンフレットですが、やっとゆっくり読むことが出来ました。
近代の史料が見られる東京の公的施設にはあちこち足を運びましたが、公文書館だけは未だに行ったことがない。
隣にある近代美術館には何回も行ったし、前はよく通るんだけど不思議と機会がないなあ…

パンフだけでも面白い話がありました。
実際見に行ったら私はうっはうはだっただろう。
たとえ内容が江戸時代の刑罰とか牢屋だろうとも!(笑)

公式HPを見ていたらこの展覧会に際しての講演会が「平蔵と重蔵」でした。
聞きたかった…orz
長谷川平蔵(鬼平ね)と近藤重蔵の話を一度に聞く機会なんてなかなかないと思います。
というか、そうですね。
同じ時代の人ですね。
北方探索の人々は地域と世界が違い過ぎて同時代と言われてもピンとこないのがなんともはや。


近藤重蔵は北方探索、最上徳内の上司であった旗本として有名な人物です。
文政の三蔵だっけ?
間宮林蔵と近藤重蔵と、もう一人は知らない。
松平定信が老中首座であった時代の人ですが、めちゃくちゃ勉強のできる(しかし奇矯の)人だった。
松平は寛政の改革の実施者として知られていますが、この改革の施策のひとつに幕臣の文武両道奨励があります。

文は学問奨励ですが、この時に学問吟味が開かれています(幕末まで続く)。
「学問吟味」は平たく言えばお役人の登用試験で日本版科挙だと私は思っているのですが、これが大変難しい試験だったそうです。
当時幕臣の出世は基本的に家柄で決められています。
家柄と父親がどこまで出世できたかで自分の出世が決まってしまう。
貧乏旗本や御家人では登用先がないのが珍しくない中、試験で出世の道が開ける可能性が出てきたことになる。
近藤重蔵は学問吟味を最優秀の成績で合格し、長崎奉行の配下になっている。


長崎奉行所配属かー。
うわーこれはもう出世ですよあなた。(誰)
与力身分でなら正真正銘の大出世になりますが、近藤は手附出役になっていた。
これがどういう身分なのかは分かないけど、与力より大分下ではあると思う。
手元にある日本史辞典を見たけれど簡易な物なので載ってなかった。

ちなみに「与力身分でなら」とはどういうことぞやという事ですが、長崎奉行所の与力になるのと他の遠国奉行所の与力になるのとでは大違いです。
数ある与力の中で一番優遇されていたのが長崎奉行配下の与力だったそうです。
大分待遇が違っていたようで、まず支度金なんかがものすごい額になる。

これは昔書いたことがありますが

任命される時は暇金10両、引越金50両、引越拝借金50両。年棒としてお手当金70両、雑用金60両。
1両大体5万円で計算すると650万円/年、月額54万円。+初期費用として550万円。

長崎という土地柄、色々と貿易関係でのうまみもあったと思うけど、身分が低いとどうかなあ…
(※長崎奉行は輸入品を関税免除で購入する権利があり、それをサイドビジネスとして転売、これが莫大な収入になった)

近藤は元々御家人なので与力でもと思うけれど、長崎奉行与力定員10騎の中、いくら優秀でも試験成績が良かっただけでいきなりそういう場には入れないと思う。
ただこの後北方探索等で認められ出世して旗本までになっている。

パンフにこの近藤重蔵の「憲教類典」(幕府の法令集)というものが出ていて、ちょっと驚いた。
この方面でこの人の名前を見るとは思わなかったなあ。
全122冊ですって。122冊。
書誌学の研究をしていた人でも者でもあったそうで、そういう関係もあったのか。


続くでえ


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Comments

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2015-01-15 01:12 
ジゴロウ #217
むしろ、となりの美術館はまったく行かない都民です。こんばんは。

おめがねにかなったようで、なによりですが、中にあった展示物とか見て欲しかったです。
冤罪→処刑とか、なかなかえげつないのもありましたよ…


あと、三蔵最後は、勝小吉の師匠の平山行蔵ですよ。
2015-01-15 05:18  >ジゴロウさん
ヒジハラ #218[Edit]
本で読んでも史料は見る機会がまずないので面白かったです^^
本当にありがとうございました。

展示物、そうですか、えぐかったですか^^;
当時は現代のような科学捜査の手法がありませんから、どう申し開きしても有罪になってしまう人はかなりいたと思います…気の毒すぎる…

あー平山行蔵でしたか。
ありがとうございます^^
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