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サイト更新 秋山真之と大本教

1個前のエントリ、昨日更新したつもりが下書きのままアップされてなかった。
眠すぎて確認しなかったらこのザマだよ!(笑)

ちょっと時間があったのでサイト更新しました。
サイトの方はこれが今年最後になります。


■サイト更新 近代×1件

【 Changing~秋山真之と大本教 】

初夏頃に連載していた大本教にはまった秋山の話。
心の移ろいとか心境の変化とか、そういう意味でChangingとつけたのですが、何の話か分かりづらいかと思って副題を加えた。
1ページにまとめると結構な分量であったので、2ページに分けています。

ブログで連載していた際はよく分からなかった山本英輔の話も確認の上加筆しています。
山本は秋山に大本教を勧められたひとりですが、やっぱり入信はしてなかったわー

あとMVさんからご教示頂いた点があり、許可を頂きまして、ほぼそのまま転載しています。
伝記を作る側の人間性が編集にも表れていることが分かって参考になると思います。


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Comments

post
2014-12-31 04:45  丁寧な引用を有難うございます。
MV #207[Edit]
水野が宗教、というか信仰に近づいたかもしれない時というのが一度だけありまして。
日本海海戦の少し後、大時化にあった時なのですが、危機一髪で波の方向が変わって助かったのを、「もし僕が心に金毘羅様を祈っていたとすれば、それが金毘羅様の御利益であることを無条件に信ずるだろう」うんぬんと自伝に書いています。

実際には祈らなかったので無信仰のままな訳ですが、自分の力ではどうにもできない時何かに祈る、その後には信仰に至るという心情を想像できないわけではないんですね。
それでも真之を「異常アリタリ」と思ったということは、やはり余程だったということなんでしょう。

その水野の紹介のされ方ですが、元軍人の反戦評論家という戦前では珍しい存在のため、右側の人からも左側の人からも肯定的文脈で取り上げられる事があります。
が、肯定の理由が著者の立ち位置で全く別。

>伝記を作る側の人間性が編集にも表れている
というのが如実にわかります(笑)。
2014-12-31 22:56  >MVさん
ヒジハラ #209[Edit]
こちらこそ引用をOKして頂いてありがとうございました。
連絡差し上げてから更新まで間が開いてしまいまして^^;
自分の言葉で書くと変なことになりそうな気がして、ほぼそのままという形で掲載させていただきました。

秋山の信仰に関してはオブラートに包まれたものばかりで、後世の私たちが実際がどうであったか正確な所を知ることは難しいのだと思います。
明らかに外に話が漏れないようにという感じですもんねえ…
それでも幾らかは話が伝わっているわけですが、水野の「異常アリタリ」もそのひとつでしょうか。
伝記も当時としてはあれがぎりぎりの表現、書き方だったのかもとも、思います。

「伝記を作る側の人間性が編集にも表れている」というのは、「だから書籍の奥付に載っている著者の経歴って大事なんだよな」、と思う理由でもあります^^;
しかしMVさんの仰る水野の肯定のされかたの違いは面白いですね。
ちょっとした論文が書けそう…

あ、あと20年のご指摘ありがとうございました(笑)
1923年で計算してました(笑)なんでだ…
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