Para Bellum

明治・大正・昭和初期の軍人・政治家の話が多め
特に海軍と広瀬武夫、偶に江戸時代中後期/幕末

替え歌

早速広瀬武夫の『意ノ向フ処筆ノ随フ処』を読んでいたんですけど、前は分からなかったのに今読んだら分かる所が出てきてる。やっぱり…
人の名前もそうなんですけど、替え歌の元歌が分かるようになってるのが若干怖い。
というか自分でもビビった^▽^;
明治20年代の流行歌…だと…

広瀬の同期に奥田貞吉という人がいます。
広瀬の書簡にも名前が出てきていて、自分のクラスで幸せなホーム(家庭)を築くのは奥田と吉川(万世橋の銅像設立幹事)!と言う事を書いている。
この奥田さんですが、広瀬の明治27(1894)年3月7日の日記に「奥田貞吉戯作新式水雷」という替え歌が載っている。

広瀬は当時水雷術練習の為、横須賀の迅鯨乗組みでした。
後の水雷学校ですが当時は水雷術練習所と言っていた。(明治40年に改称)
調べてみないと分からないけど、戯作新式水雷と言うからには奥田も迅鯨乗組みだったのじゃないかと思う。
奥田が替え歌にした元歌は「欣来節」(金来節、キンライ節)で、何ですぐわかったかと言うと歌詞に特徴があるのと、私が結構好きだからだ。笑
この歌凄く回る。頭の中でぐるぐる回る。味噌を駿河の富士の山…

キビス ガンガン イガイドンス  キンムクレッツノスクネッポー
(発射 操練 意外ツライ)     (金曜日ハマダコヌカ)
スッチャンマンマン   カンナンカイノ オッペラポーのキンライライ
(スチアリングモーター 溝螺国ノ   ノッペラボーノ エアチンバー)
そうじゃおまへんか あほらしいじゃおまへんか
             (新ラシージャ ヲマヘンカ)

上は元歌、下は替え歌。
実は前があるのだけれど、どう被るのかがイマイチよく分からんので割愛。

元歌もカタカナのところは歌詞がよう分からん。
今度図書館に行った時にでも調べてみます。
意味のない言葉の羅列みたいなんだけど。
というか溝螺国ってなんなの奥田。
こうらこくって読むの?
そして金曜日はまだ来ぬかって(笑)今も昔も一緒だな(笑)

しかしこんなことで名前が残るとは奥田も思ってはいなかったに違いない。
ちなみに広瀬自身も「元寇」の替え歌を作ってます。
みんなこういうことをしてたんだろうね。
今と比べて娯楽が少ない時代の娯楽…なのか?^^; 
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