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サイト10年

2004年10月10日にサイトを立ち上げて今日で10年目になります。
三日坊主が10年続いた…!
何を隠そう一番驚いているのはこの私。笑
真面目な話、こんなに長く続くとは思っていませんでした。
毎年来年の今頃には止めてるかもなと思いながらでしたので。


広瀬武夫に関するサイトを作ってみようと初めに思い立ったのは2000年になります。
訪れた史跡を紹介できたらいいな、位の軽い気持ちだった。
やりかけはしたのですが、HP作成の知識がなさ過ぎて結局止めてしまったんですね~
めんどくさくなった。
それから2004年に当時流行り始めていたブログの存在を友人が教えてくれまして、私にしては珍しく流行に乗った(笑)

そのブログも初めは友人位しか見ないふっつーの日記でした。
子犬2匹が来たところだったので、ほぼ今日もわんこが死ぬほど可愛いという話と映画の感想だった。
それから時々歴史の話を書くようになったら、それが滅茶苦茶不便になって。
何せ文章は長いのに行間は狭いわ文字は小さいわ。
おのれブログの分際で視力にトドメを刺す気かw
当時ヤプースと言っていた現ヤプログは大変使い勝手が悪かった…


歴史の話を書くならサイトを作った方が良さそうと一念発起して、1週間の突貫工事でサイトを立ち上げました。
流石にHOW TO本1冊は読みましたが、知識ゼロから始めても案外出来るものですね!
初めは背景が入らないとか画像が反映されないとか、そんな初歩的なことで大騒ぎでした。笑
今は流石にそんな状況からは脱している(と思いたい)。


この5・6年は運営年月もありデータや文章の蓄積が出来てきて、我ながらコンテンツは充実してきたと思います。
内容がどうかという話はありますが。

基本的に「自分が好きなことを書く」を優先しているので、内容も更新具合もフリーダムでやらせて頂いてます。
そういうこともあり、他のサイト様とは違いかなり愛想がないという自覚はあります。

リクエスト等も掲示板もなし、メールも結構高いハードルを設けている。
読者様から私へのコンタクト経路は、余所様と比べると凄く狭いと思います。その上シビア…
今まで色々あったのでその辺りはお察し頂ければ。
取っ付きの悪さは財部彪と一緒だと思って諦めてください。笑
嫌になると続ける理由が無くなるので。

メールや掲示板、コメントでは困る事や嫌な思いをする事も結構ありましたが、今はこれですごく快適です。
それで時間を取られることもないし。
楽しんで続けられて、それがサイトやブログに反映されていればそれが一番いいなかと。


***


サイトの核になっているのは3人です。
広瀬武夫、桐野利秋、源義家。
あー、あと安倍貞任も入るか。4人か。

私が歴史を好きになったのは、八幡太郎義家を知ってから。
元々は「遠からん者は音に聞け、近からん者は目にも見よ」の世界が好きだったんです。(※現在進行形)
そこからなんです。笑

それから年月を経て高杉晋作に興味を持ち、そこから幕末の長州→土佐→新選組と巡って薩摩の中村半次郎(桐野利秋)を好きになったのが運の尽き。
一緒に明治まで来ちゃったよ!
そこから山本権兵衛と大山巌が出ているという程度の理由で『坂の上の雲』を読み、広瀬武夫に出会ってしまいました。


広瀬を好きになった時は身近に全然本なんてなくてねー。
簡単に読めるのは『坂の上の雲』と生出寿『秋山真之』くらい。
広瀬を知っている人も父と近代史に詳しい歴史の先生くらいでした。
そういう時代だったのよ。
軍隊にちょっと興味があるという話をするだけで「天皇陛下万歳とか言っちゃう人?」とか言われて(←実際に国語教師に言われた)。

そんな環境だったから『ロシヤにおける広瀬武夫』を大阪の古本屋で見つけた時は本当に嬉しかった。
今でも覚えてる。2500円だった。
当時の私には高くて、買ったらその月のお小遣いは結構キツかったけど清水の舞台から飛び降りた。
地震が起こった時もこの本だけは持って逃げたんだ。
バイブルだったんだ。
しかしその数年後に怒りのあまりこの方の著書すべてをゴミ箱に捨てることになろうとは…(家族が本棚に戻してた)


そこそこ年月かけて調べていると、アホなりに色々考えるようになったり思う所が出てくるんですよ。
それに書けないことっていうのも、実は結構出てくる。
上の怒りの理由はその「書けないこと」の最たるものですが、この件から

バイブルは作っちゃいけない

それはすごく強く思うようになった。
歴史を見る上でめちゃくちゃ基本的なことだと思いますが、ひとつに頼り過ぎたらダメですな。
今思うと”島田謹二の描く広瀬武夫”を”広瀬武夫そのもの”として見過ぎていた気がする。


今まで何度か書いてきていますが、現代においても”広瀬武夫”の捉え方はすごく一面的でステレオタイプです。
明治の好男子、国際人。
戦前とどう違う。

確かに好男子だけど、広瀬は人によって好嫌がはっきり分かれる人物です。
嫌な人には滅茶苦茶嫌われるタイプ。
佐藤鉄太郎のように広瀬の事を大言壮語のビッグマウス野郎だと思ってた人も、結構いる。(※佐藤とは後に和解)
広瀬が『誰からも好かれる好男子』というのは、はっきり言います、嘘です。

教養のある女性(嫂春江や川上常盤)との話が目立つので、女性が学を修めることに理解があるのかと思いきや、
実妹が上京して勉強したいと言い出した時には、平たく言えば、
「結婚の話が出た時に相手を選り好んで文句言いだすからやめとけ、反対」
こういうことは全く言われないよね。
それに弟に対しては、手紙で書いている言葉は兄としての立場からだから、結構きついよ。

好い悪いではなくて、広瀬武夫もその時代の規範の中で生きている人なのだということは、忘れてはいけないと思う。
今は、現代風に解釈して都合よく見過ぎているのではないかという気がしてならない。
要するに美化しすぎてる気がする。(それにNHKが拍車をかける…orz

それに国際人国際人っていうけど、海軍さんは大体国際人だったと思うぞ。
広瀬だけがそうだったような言い方するなよ…
他にどれだけの人が海外に行ったと思ってるのか。笑


…とまあ、色々と思う所がある訳ですよ!^^;

そういうね、過度の称賛を剥がした広瀬武夫がどんな人であったのかを、私は知りたいんです。
知りたくて調べていて、その延長上でサイトを続けているという点がある。

広瀬以外の近代の人も話をあれこれ書いていますが、広瀬と同じように良い話ばかりじゃなくて悪い話も書きたいんです。
悪い話ばかりじゃなくて、良い話も書きたいんです。

ロンドン海軍軍縮会議の話が進行中ですが、
財部の良いと思う所も、悪いと思う所も書いたり、
山本五十六で大抵誤魔化されて終わる話を書いたり、
秋山のあれは左遷だと書いたり、
分かっていただけると思いますが、悪口が書きたいんじゃないんです。
良い話しかない、悪い話しかない、っていうのはバランスが悪いと思うので。

まあそんな事ばかり考えているわけではないんですけどね。
私と読んでくださっている方が面白いと思ってればそれでいいかと。


そんなこんなではありますが、こんな僻地にまで遊びに来て下さる皆様、ありがとうございます。
また、拍手や感想を頂いたり、ブログの方ではランキングクリックをして下さる方もありがとうございます。
自分が作っているものに対して反応があるのは、本当に嬉しいですし励みにもなります。

これからもマイペースでぼちぼち頑張っていけたらいいかなと思っております。
どうぞ気長にお付き合い頂ければ幸いです。^^

では恒例の。

来年の今頃もこのサイトは続いているのでしょうか。笑


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Comments

post
2014-10-11 01:08  10周年おめでとうございます
ジゴロウ #145
昔の記事を拝見すると、古代中国とか北斗の拳とかお菓子作りとか、色々ありましたね。

好きになると、耳障りいいことしか触れたくなくなりますが、そればかりでない、本当のこと知りたい。→また面白くなるというところが、すごい共感できます。

これからもお体や不快分子に負けず、頑張って続けてください。
2014-10-11 06:29  >ジゴロウさん
ヒジハラ #146[Edit]
そうですね、昔は雑多に書いてました。
北斗の方は今でもネタにしたい衝動に駆られます。
イチゴ味とか。なんですかあれ(爆笑)

私も好きな人物の都合の悪い所は無かった事にしたいです^^;
でも偉人だって聖人君子ではないよなーと思うんですよ。
ひっくるめて好きと言えるのが一番かなと個人的には思うのですが、悪いことを書く→嫌いなんだろうと捉える方も結構…はい。

でも皆様のご協力のおかげで嫌な思いというのは本当にしなくなりました。
これからもこんな感じでマイペースで続けていけたらと思っています。
あと、ジゴロウさんのコメントには気づかされることも、勉強になることも多いです。
いつもありがとうございます^^
2014-10-11 17:40  おめでとうございます。
object #147[Edit]
10周年おめでとうございます。
自分の10年前はまだ小学校の校庭を半ズボンで馬鹿みたいに走り回っていました。
そう考えると、すごく昔からやっておられるんだなぁと感じます。

10周年ということですが、自分には特に何も出来ないので、
ちょうど手元に大正2年の練習艦隊の写真帖があるのですが、
その司令部幕僚の集合写真(といっても黒井少将、小牧中佐、有賀大尉、佐藤艦長、平賀艦長だけ)をスキャンしたので入り用でしたらおっしゃって下さい。

ますますのご発展とご健勝を御祈りします。
2014-10-12 21:22  >objectさん
ヒジハラ #148[Edit]
ありがとうございます~
10年ひと昔ですよね(笑)自分でもびっくりなんですよ…^^;

それにお気遣い頂きましてありがとうございます。
大正2年の練習艦隊ですか。
写真帳があるのですね。明治の初めの方とは大分様相が違うようで…
よろしかったら見せてください。
というかお時間がありましたらどうぞobjectさんのブログのネタにしてください^^
遊びに伺います。それに貴ブログの読者様もきっと喜ばれると思いますよ~
しかしobjectさん、本当に貴重品の宝庫ですね(笑)
2014-10-13 22:21 
object #149[Edit]
いえいえ
安い物をただただ集めてるだけなので、
きちんと集められたり、目的のあることをされてる方の方がすごいです。

写真帖はいずれ、ブログの方でもやりますが、ロゴを入れる予定ですので、
とりあえず、先の件の画像をどうぞ
http://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org5362032.jpg.html
PW:1941

お使いになられる時は下の余白は切り取ってからお使い下さい。
2014-10-14 22:27  >objectさん
ヒジハラ #151[Edit]
目的といいますか…
広瀬武夫を追いかけていたらこんなことにっていう^^;
それなのに今どうしてロンドン海軍軍縮会議の話をしているのかがすごく謎です。笑

ではお写真、遠慮なく頂きますね。
きれいな画像で思わず声が漏れました。おー…
丁度手元に外山三郎『海軍』があるので見てみたら、当時の練習艦は浅間と吾妻ですね。
更に手元に『陸海軍将官人事総覧』があるので見てみたら(笑)、佐藤が吾妻艦長、平賀が浅間艦長だそうで。
写真を見ているとふたりとも大佐には見えない感じですね…
黒井も含めて若く見えます^^
写真下のメッセージもありがとうございました。
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