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明治・大正・昭和初期の軍人・政治家の話が多め
特に海軍と広瀬武夫、偶に江戸時代中後期/幕末

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パラべラム ~ 堀悌吉(5)

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この話は19回シリーズです。
サイトに纏めて移行済み。そちらの方が読みやすい。
サイト > WORKS > 歴史話 > 近代MTS > 明治~昭和 よりどうぞ。

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海軍軍縮会議の詳細は私如きが書くのは無理です(きっぱり
なので大雑把に教科書通りに。

ワシントン海軍軍縮会議での主要事項は、

1)今後10年の主力艦(戦艦・巡洋戦艦・航空母艦)の建造禁止
2)主要参加国である英米日の主力艦保有量を5:5:3とする
  (引き換えに米国の太平洋防備の制限)

対米7割を切る保有量が少壮士官の猛烈な反対を呼んだのは周知です。
その中心になったのが全権委員加藤寛治中将、そして随員の末次信正大佐になります。

この辺りの話は先日サイトで更新した「加藤友三郎の話」とかぶりますので、詳しくはそちらをどうぞ。


http://blog-imgs-59.fc2.com/m/u/r/murakumo1868/201312231245042af.jpg 加藤寛治 大加藤と小加藤


明治40年策定の帝国国防方針で、海軍はアメリカを仮想敵国としました。
陸軍はロシアね。

米国艦隊が太平洋を越えて来て、「すわ決戦」となった際、彼の兵力(主力艦の総トン数)の7割があればとりあえずは負けない、というのが対米7割の考え方。(超大雑把)
その為対米7割を切ると国防が危うい、絶対に譲れない、というのが反対の趣旨。


全権大使である加藤友三郎はその主張を押さえつけています。
とは言え加藤は海相として8・8艦隊計画、つまり対米7割の政策を推進してきた人物。
それを自分の手で廃棄するというのは、立場からして非常に苦しかったと思います。


ただね、分かってるんですよ、加藤も。
日本の国力からいって8・8艦隊なんて無理だって。
共に全権を務めた幣原喜重郎(当時駐米大使)に、

「8・8艦隊なんて無理無理。何か機会があったら止めたいと思ってた」

そういうことを言っている。

加藤はこの軍縮会議に参加して話を纏めなければ、海軍どころか日本国家が危うくなるという判断をしており、
「絶対7割!」
と主張して枉げない加藤(寛)を随分窘めています。


ひとつ見ておきたいのは、加藤(友)としては大局的見地から6割受諾止む無しとしながら、一方で直下の加藤寛治随員首席が第1回目の専門会議で、
「7割を堅持する」
と言い放っている点。

これは内政の問題、国内・部内に向けての加藤(友)のパフォーマンスです。
実はね、加藤(友)も外交委員会で「7割が国防上必要」と言明してしまったことがあり、それを国内の反対勢力から攻撃されていた。
あと、もうひとつは加藤寛治に代表される強硬な反対派の顔を立てるという意味もあったと思われます。

そして
「本当は7割欲しいんだ、それを譲ったのだから」
という形にすることで、アメリカ側の太平洋防備の削減を要求するという2段構えの手でもあった…
実に策士である。
(ただそんな事を言っても日本の暗号は筒抜け、6割迄なら譲歩可という本国とのやり取りが筒抜けで(ブラックチェンバー)、それを知っている米英が日本7割を認める訳がなかった)

そもそもこういう会議のこういう位置に加藤寛治のようなわっかりやすい強硬派を持ってくること自体に、加藤友三郎の意図を感じます。
ガス抜きと言うか、そうした面があったんじゃないかな~と思う。


加藤友三郎


ただ加藤寛治は思ったよりも頑固で空気読めなかった…
反対は反対でいいんですけどね(良くねえよ)、弁えがなさ過ぎる。

加藤友三郎に内緒で本国、井出謙治次官や安保清種軍令部次長宛てに大反対の電報は打つ。
記者会見で「7割が無理なら日本は会議を脱退する!」と勝手にぶちまける。

記者に「あんたのとこの部下こう言ってるけど?」と聞かれて、加藤友三郎は「あれは加藤個人の意見」。
あれは日本の意見ではないとしれっと返しつつ、内心真っ青である。
ポーカーフェイスの友さんが寛治を怒鳴りつけた…

加藤寛治のネジを巻いていたのが末次信正でして、加藤(友)もそれは分かっていたようです。
「君ももう中将なのだから、少しは下の者を抑えることを覚えたらどうか」
それがこの言葉に表れている。


会議が休会になるに際して、随員であった堀悌吉は本国へ報告の為に帰国しています。
その際加藤友三郎が加藤寛治立会いの下口述、堀に筆記させたのが有名な「加藤全権伝言」になります。


続きます。 
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