Para Bellum

明治・大正・昭和初期の軍人・政治家の話が多め
特に海軍と広瀬武夫、偶に江戸時代中後期/幕末

Home > 2017年08月03日

『両性具有の美』

白洲正子の『両性具有の美』を読む。
そこに出てくる三島章道の「よかちごの死」という小説を見つけたので読んでみた。
…のだけれど、う、うむー(笑

あのう、題で大体の想像がつくかと思いますが、薩摩です、ヨカ稚児です…
誰のヨカ稚児かと言えば、西郷隆盛のお稚児さんで、名前は伊集院君(※美少年)。

主人公の青年、村田が西郷どんの稚児に横恋慕する話。
それ以上でも以下でもないのだけれど、最後は村田と伊集院の斬り合いとなり、伊集院は命を落とし、村田はその責任を取って切腹することになる。

伊集院君がさー美しいのよー
ぱっちりとした瞳に長い睫、赤い唇。
一緒に歩いていてわくわくし、歩く拍子で偶に手が触れてドキドキする村田君。
あれ?これ『城下の少年』?(笑
甘酸っぱさがパネぇ。

互集と言われる集会の最後に、悪いことをした年少者を反省させるため、寄って集って(面白がって)お尻をつねるという場面があるのですね。
その時、伊集院君もつねられる事になるのですが、伊集院君をつねった村田君、あろうことかここで大変な快感を感じてしまった…
やべえ…違う世界の扉開けっちゃたよこの子…(震え声


何だか見ちゃいけないものを見ちゃった感が若干あるのだけれど(男色どうこうでは無く、読んでいるこっちが恥ずかしくなる感じ)、白洲正子曰くこの作品は、
「幕末の薩摩隼人の生活と風習が見事に描かれている」
とあって、そうなんだと。

関係がとても濃密であることを思わせられると同時に、非常に閉ざされた世界だと感じますな。
確かにこの社会の中で仲間外れにされるのは非常に辛いだろう。
そう思うと薩摩に帰りながら私学校党に与しなかった永山弥一郎や貴島清は筋金入りだったんだなと今更ながら思う訳です。


著者は薩摩出身、「鬼県令」と称された三島通庸の孫で、作品の発表は大正10年頃。
著者は生まれも育ちも東京だけど、薩摩の風習を知っていた知っていた人だろうし、まだ旧薩摩藩士が沢山生きていた時分の文章で、そうそう近世の風習と違うことも書けなかっただろうし、書かなかっただろうと思う。


『女なんてけがらはしい』凡てかう云つた空気の中に生長し、特に女を軽蔑し、女を穢らはしい物あつかひする事を教へられて育て上げられる薩摩武士の子は、しかし男を愛す事は許されるのだつた。
<略>
青年が少年を愛す事は、武士仲間では公然の秘密として許されてゐた。


という説明的な一文が作品の中にはあって(秘密のつもりやったんか^^;)、大正期だと男色は既に”変態性欲”になっている時期ですが、そこで敢てこの作品を発表したのって何故なのだろうという疑問は生じる。
ただ、明治期東京に男色持ち込んだのは薩摩だというのは周知だっただろうし、そんなに深い意味はないのかもしれないけどさ。
白洲正子は「殆ど実話かもしれない」と書いているけれど、実際にこういう話結構あったんじゃないかなあ。

とは言え、白洲正子も書いていたけれど、美しいものを美しいと思うのは、性別は関係ないよなと私も思う。
多感な時期の青年が、美しい少年、可愛い少年を見て、美しい、可愛いと思う心の動きは自然で、ちっとも変じゃないと思うのですわ、私も。


『両性具有の美』を読んでいて思わず笑ってしまったのは、京都醍醐寺所蔵の「稚児之草紙」という鎌倉時代の絵巻物の話。
まあ、あれです。そういうのです。察して。

江戸時代にも似たようなのあったな。
具体的なやり方とかな。
…とか思いながら読んでいたのですが、能々考えると院政期が日本史屈指のお盛な時期である。
興味本位で草紙名でググってみたら、ガッツリ18禁でした。笑
去年の「春画展」にも出ていたらしく、良く展示したなこれ。笑

全然笑う本ではないのに、なぜか笑いながら読了…
いや、普通に面白かったのは本当ですよ。
はい、好奇心的な意味で。
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