Para Bellum

明治・大正・昭和初期の軍人・政治家の話が多め
特に海軍と広瀬武夫、偶に江戸時代中後期/幕末

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読書感想文

題w(思い浮かばなかった


『海軍思い出すまま』(岡田貞寛)という本を読んでいたのですが。
岡田貞寛は岡田啓介の次男に当たる方で著書に『父と私の2・26』があります。
それは本棚にあるのですが『海軍思い出すまま』はとある本を読んでいて偶然知った。
発行が「近畿在住海軍経理学校生徒同窓会(誠斗会)」になっていて、これ、どうして地元にあるのか不思議なのだが。笑
寄贈印等もないし。

読んでいて、あ、そうなんだと思うことが結構ありました。

めっちゃ細かいことなんですが、ドラマ『坂の上の雲』でロシアから帰ってきた広瀬武夫が海大の講堂と思しきところで(江田島の大講堂で撮影されていました)でロシア海軍の説明をする場面がありました。
第2種軍装で、話を聞いている士官たちは白い靴だったのですが、広瀬だけが黒い靴を履いていた。
広瀬が帰ってきたのは丁度今頃の3月末、戦艦朝日に赴任したのは5月初旬で夏服着とったらアカンのですよという突っ込みはスルーして(笑)、何となく黒靴が違和感だったんだなあ…

この本には「ブラックタイと海軍の礼装」という文章があり、それによると、
「白色半靴ヲ用フルコトヲ得」(白い靴でもいいよ)となっていて黒靴が本当だそうです。
そうだったんだー

そして面白かったのが「勇敢なる水兵」の歌詞の話(「軍歌「勇敢なる水兵」」)。
こちらのブログに引っ越してからも一度触れていますが(元のかたち)、CDによって目にする歌詞が大分違う。
一体何番まであるのさこの歌、という感じだったのですが、明治28(1895)年発表の際は10番だったそうです。
それを作者佐々木信綱が昭和4(1929)年に8番まで削り、昭和14(1939)年に更に修正改訂をしたそうです(8番まで)。
ということで今CD等に収録されている「勇敢なる水兵」は昭和14年の最終改訂版。
広瀬が知ってる「勇敢なる水兵」と私が知ってる「勇敢なる水兵」は歌詞が違う…


本には改訂ビフォーアフターの歌詞が出ていたのですが、途中が大分違う。
聞きなれていることも・あって個人的には最終改訂版の方が好きだけれど、海軍では作者の変更を無視した形で改訂前の歌詞で歌っていたとのこと(一部?な部分もあるようですが)。

私のPCには「勇敢なる水兵」が何曲か入っているのですが、森繁久彌が歌っているものだけに入っている番があり、それが、

「皇国に尽くす皇軍の 向ふ所に敵もなく(略)」 みこーくにつくーす、みーいくさのー

昭和4年に削られている部分。
なんとなく軍国主義を思わせる等の理由でレコード会社の判断で削られたのかと思っていた。
そもそもはあった歌詞だったのですね。

しかし削除された部分をわざわざ入れるなんて。
森繁久彌自身が改訂前のオリジナルを知っていたのだろうと思い、ウィキペディアを見たら大正2(1913)年生まれでした。
昭和4年だと16歳か。
10代とかさ、こういうの一番よく歌っていた年頃じゃないかなあ…

どういう心境で差し入れたのでしょうね。
何か思い入れでもあったのか。

しかし佐々木信綱が思わぬ長生きでびっくりしたわー
「勇敢なる水兵」の他に「水師営の会見」の作詩もしています。
ついでに与謝野晶子の「君死にたまうことなかれ」を批判した人物としても知られている。
和歌や歌学で功績のある歌人です。
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