Para Bellum

明治・大正・昭和初期の軍人・政治家の話が多め
特に海軍と広瀬武夫、偶に江戸時代中後期/幕末

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固め修めし大八洲(4)

戦艦八島の続き。


イザナギとイザナミが天の沼矛(あめのぬぼこ)で混沌をこをろこをろと掻き回し、
引き抜いた矛の先から滴って溜まり落ちて固まった塩からできた島がオノゴロ島。
2神はオノゴロ島で結婚し島を生みます。
これが古事記の国生み神話。

生まれた島は、淡路、本州、四国、九州、壱岐、隠岐、対馬、佐渡の8島。
順番は流石に覚えてない。すいません。でも一番初めは淡路島よ。
8つの島から出来た国で八洲(大八洲)、もしくは八島。

つまり八島は「日本」という意味。


戦艦八島


この本州も古事記では秋津洲です(九州も違ってた。筑紫か)。
八島、扶桑、秋津洲、敷島、瑞穂、大和、いずれも日本の古名。
明治期に作られた軍艦で瑞穂はなかったけれど、こういう象徴的な名前を付けるというにはやはり特別な想いがあっただろうと思う訳です。

とはいえ軍艦の名前は命名規則っちゅう決まりがあってだな。
……。
…えー…この話は長くなるのでサイトで読んで。笑(「六尺のFU」)
明治7年頃から大雑把に決まりはあって、きっちり型にはまるのが明治38年。
上の軍艦名は明治38年以前なので、それ以降の軍艦名とはちょっと違いが…
扶桑も八島も旧国名でも河川名でも山名でも空飛ぶ瑞祥でもないもんね。


八島は富士と一緒に建造が計画された戦艦になります。
目的は清国対策。
隣国・清は明治15年、当時世界最高レベルの軍艦定遠と鎮遠をドイツより回航しています。

それに対抗するため、わが国では海軍拡充計画が持ち上がる。
第1期が明治18年スタートで、この時に作られたのが松島、厳島、橋立の所謂三景艦。
第2期が明治25年スタートで、八島と富士はこの時に作られる筈だった。


ただね、財政的にひっじょうに苦しい訳です…
西南戦争が勃発・終結したのが明治10年。
当時政府は戦費調達のために不換紙幣を乱発していました。当然戦後はインフレになる(ピークが明治14年)。
その処置策を様々に取る訳ですが、明治16・7年頃からものすごいデフレになる訳です(松方デフレ。ピーク19年)。
これで農民が急激に没落することになり、中でも特に深刻であったのが製糸・養蚕業になります。


松方正義 (財部彪の相婿松方乙彦の父である…)


明治10年代後半は過激な自由民権運動が多いでしょ?
武装蜂起だとか、爆弾を投げつけてどうこうといった計画だとか。
一番有名であるのは秩父困民党の秩父事件(17年)だと思うけれど、蜂起したのはまさに養蚕農家…
関東で事件が多いのは地域産業とも関係がある。

ちょっと話がずれましたが、広瀬武夫らの年代が兵学校に入る頃の世情はこうした感じです。
今の私たちが想像するより結構物騒なニュースが新聞に出るような世の中だった筈。


この松方財政の際には軍備拡張のために租税が増徴もされている。
あちらこちらで政府は国民に相当な負担を強いてる。
そんな中で海軍は毎年毎年軍艦の建造計画を出すわけですよ。
そして出すたびに財政難を理由に蹴られる。計画をグレードダウンしても蹴られる。
海軍にも理由はあるけれど、蹴る方にも理由がある。



山縣有朋


明治23年、第1回衆議院選挙が行われ、第1議会が開催されます。
当時の政府、山縣有朋内閣は対清戦争を見込んだ軍拡費用を予算として議会に提出している。
しかし議会の過半数を占める民党(今風に言うと野党)のスローガンは「民力休養、政費節減」。
要するに地租を減税しろ、行財政整理して無駄遣い止めろ。ごもっとも。
で、これはこの議会の時だけかと言われたら、ずっとそうなんですね。
ということは、

八島と富士の建造予算が通らない。

海軍涙目orz
明治24年の第2議会では建造費全額削除
怒り狂った樺山資紀海軍大臣が

「今日があるのは薩長のおかげだろうが!」(※大雑把な要旨)

あーたそれを言っちゃあおしまいよ。


樺山資紀 (白洲正子の祖父である)


所謂「蛮勇演説」ですねー^^;教科書にも載ってますねー。
そして第3回、第4回でも建造費全額削除。
この時点で明治26年です。

明治26年です。


つづく! うわーん! 
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