Para Bellum

明治・大正・昭和初期の軍人・政治家の話が多め
特に海軍と広瀬武夫、偶に江戸時代中後期/幕末

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(17)岩手人脈

岩手・盛岡から野辺地尚義を頼って上京してきた少年、それが山屋他人でした。
上京時期の詳細は分からないようですが、どうも明治12(1879)年、13・4歳頃の事みたい。
同じく盛岡・南部藩の原敬も上京していますが、こちらは明治4年という随分早い段階です。
まあ原の方が丁度10歳年上になるので、そんなもんかと。

野辺地を頼ったのは、野辺地が山屋の叔父(母方)にあたるからで、上京後はそちらに身を寄せていたようです。
で、その野辺地から紹介された先が攻玉社になる。


山屋他人_野辺地尚義


攻玉社の創始者・近藤真琴は大村益次郎の鳩居堂で学んでいました。
野辺地とはこれまた兄弟弟子だったんですね。
ブルータスお前もかー(笑)

攻玉社入学の経緯については、「親戚に近藤先生の知り合いがおり、その口利きで攻玉社に入った」と山屋自身も回顧しています。


https://blog-imgs-63-origin.fc2.com/m/u/r/murakumo1868/20140331.jpg https://blog-imgs-63-origin.fc2.com/m/u/r/murakumo1868/20140324.jpg


東京都港区にある攻玉社跡。
元々慶応義塾があった場所ですが、慶応の移転に伴いその土地を譲ってもらって攻玉社ができた。
芝新銭座ですが、この辺り、江川塾があった所になります。

韮山代官の役所が韮山と江戸の2か所にあったということは以前触れました。
江戸屋敷は本所にあったのですが、江川英龍(この連載で触れた太郎左衛門)の息子の代に、幕府が新銭座に土地を与えています。
そこが江川塾の砲術練習場になった。
大山弥助(巌)なんかが江川塾の門人であった時代はここで教えを受けていた。
慶応義塾とはすぐ近くであったそうで、福沢はこの江川塾の土地を借りていたこともあります。


とまれ、近藤自身が海軍に文官として奉職し、しかもこの方海軍兵学校(の前身の前身)の立ち上げから関与しており、兵学校の教官を務めてもいました。
その近藤に感化されて海軍に入る学生が多くなり、更にその人々が攻玉社で教え、更にその感化を受けて学生が海軍に進もうとする、という一種のループであったみたい。
海軍の方でも近藤には諸々の信頼があったようで、割と攻玉社を大事にしていたようです。

海軍もその歴史の前半では攻玉社出身の士官が非常に多い。
『攻玉社百年史』によると、日清戦争に従軍した海軍将校の約3分の1強。
日露戦争では約5分の1が攻玉社出身になります。
明治維新前後生まれ、つまり広瀬武夫らの世代であると多くの人が攻玉社出身、即ち同世代の海軍士官なら殆どの人が海兵以前の顔見知りということになる。


山屋他人も例に漏れません。
山屋は12期生として卒業しますが、入学当初の人数20人中攻玉社出身者は実に15人。
12期には有名人が幾人かいまして、まずクラスヘッド(主席)の江頭安太郎、有馬良橘、林三子雄、あと上泉徳弥もこのクラスです。
この内江頭、林、上泉が攻玉社で、有馬は三田英学校の卒業生になる。

ちなみに江頭安太郎は大正の早い段階で亡くなるのですが、その10年程後に江頭の三男に山屋の五女が嫁いでいまして。
彼らのひ孫が皇太子妃雅子様になります。


紅葉館は支配人野辺地尚義が岩手・盛岡出身ということもあり、初めの頃は盛岡からきたお女中さんが多かったようです。
そんな感じなので、岩手県出身者も結構利用していたみたい。

原敬も仕事の関連で結構ここを訪れていたようです。
仕事のみならず母親の喜寿、米寿祝のパーティーを紅葉館で開催したり。
あと家が近かったことがあったみたいよー(笑)


https://blog-imgs-63-origin.fc2.com/m/u/r/murakumo1868/20140331_02.jpg


日露戦争後は中老会という岩手の在京県人会が紅葉館で開かれるようになり、そのメンバーが鹿島組(鹿島建設)の鹿島精一であったり、田中館愛橘(物理学者)であったり。
山屋他人、栃内曽次郎、後には原敢二郎、米内光政、八角三郎といった人々が参加して、年2回程飲み会が開かれていたそうです。


米内光政_紅葉館


栃内、原、米内、八角、いずれも海軍軍人です。
近代史を見ていると岩手は人材が多いですね~。
総理大臣になったのは、原敬(盛岡)、斎藤実(水沢)、米内光政(盛岡)、あと岩手に入れていいのかどうか、東條英機。
東條は昔から微妙だそうです…
先の戦争に関係して色々事情があることもあるようですが、父は盛岡だけど東條自身は東京生まれ東京育ちなんだよねえ…


続く!
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