Para Bellum

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サイト更新 閻魔1~3(海軍)

お久しぶり!生きてまっせー!(おい
サイト更新のお知らせです。


■近代 【 閻魔 1~3 (海軍) 】


先月こちらで連載していた話の続きになります。
全部書き上げてから更新するつもりでいたのですが、ヒジハラさんが思いの外怠慢で(別に思いの外っちゅうことはない)意外と時間がかかっているので、書き終わっている所迄を一旦アップします。
更新が無さ過ぎて我ながらどうかと思う。すいません。

「閻魔」の1・2話には海兵15期高木七太郎が出てきますが、3話には海兵15期高木七太郎が出てきます。

え?^^;

長い間ほったらかしにすると当初自分が考えていた着地点を忘れてしまうという…
少なくとも私の中では第3回は高木の話ではなかった。
まあ流動的でいいんです。いいんですよ(言い聞かせ


今回1話は特段触っていませんが、2話は福留繁の話を若干付け加えていますので興味のある方はどうぞ。
3話ではこのブログで前々回触れた海軍の人事考課表の話を少し出しています。
まともなものもあるのですが、もっと他に引用例があっただろうにと思うものも結構ある。笑

今回サイトに上げた引用文は一部ですので、興味がある方は引用元に当たってみてください(図書館にある本だと思います)。
こんな所迄見られていたのかと純粋に驚きます。
しかしながら以前書いた「性欲」なんかは、今なら人権問題じゃないかと思う(笑)

異動して人事局の第1課員(第1課の担当は士官の人事)となり、他人の考課表を見るのが職務になれば、各個人が歴代の上司からこんな点まで評価されているというのを目の当たりにする事になる訳ですが、さぞかし驚愕したのではないかと思います。
吃驚すると同時に自分も同じように評価されているかと思うと怖いw
知らない方が幸せなこともあるんだぜ…(笑

恐らくもう2・3話続くと思いますので、宜しくお付き合いくださいませ。


*********


週末から急に暑くなってきました…
この時期にしてもう溶けそう。
熱中症も増えているようですし、皆さまもご自愛くださいませ。


そして私、この週末に久しぶりにこういうもの





…を見たのですよ。
甥っ子が捕まえたクワガタを持ってきた。

いやー本当に10年以上ぶりに触りました。笑
虫は苦手なんですけど、こういうのは大丈夫。カマキリも大丈夫。笑
クワガタが出てくるにはまだ早い気がするのだけれど、そうでもないのか…

昨日からセミの鳴き声が聞こえ始め、一昨日はこれまた本当にひっさしぶりに地元でオタマジャクシを見、ついでにカブトエビも見つけてきた。
毎朝通りかかる所にいるツバメの雛はまだ飛び立っていないけれど、カルガモの親子は気が付けばいなくなっていた…
そして昨日はお風呂場に迷子の赤とんぼである。
このよく分からない季節感…


サイト、ブログに拍手いただきました方、ありがとうございます。
特にブログはfc2備え付けではない方(右上の)を押して下さる方もおられて、本当にありがたいです。
本当に愛想のない管理人ではありますが、これからもどうぞごひいきに^^
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閻魔(2)

明日、大分県竹田市にある広瀬神社の例大祭です。
残念ながら今年も欠席で返信をしたのですが、先月の地震でお見舞いの電話をした際の御礼状が返ってきた。
神社の社務所では多少物が落ちた程度で家具が倒れる等の事もなく、記念館の方も特には被害も出ていなかったようで(岩盤の上に建っているので地盤がしっかりしているらしい)。
ただ神社の狛犬がずれて片足程が台座からはみ出していたようですが。
お伺いする限りでは最小限の被害で済んだようで、本当にホッとしました。
明日は晴れたらいいですねえ。
広瀬は晴れ男っぽいから大丈夫そうだ(妄想)(笑


***


昨日の続き。
海兵15期、高木七太郎大王ですが、どうも評判が芳しからぬ。
島田繁太郎の話では、機嫌のいい時はいいのだけれど悪い時はそっぽを向いて話も聞いてくれない、だとか…
結構な方法で部下を叱責することがあったようで、副長を望遠鏡で殴りつけたとか、当直将校を叱責したとか。
多くの部下の面前で機関長を難詰するということもあったそうです。
私(わたくし)の都合で人を動かすことも、『海軍生活放談』を読んでいる限りではかなりあったのではないかと思われる。

素人目から見てもこんな様子で部下の統率が出来るのかと思うのだけれど、やっぱり諸所に不都合が出ていた模様。


士官室士官は艦長から離れ、次室士官は士官室と折り合いが悪く、兵科と機関科の間もしっくりとは行かなかった。
これは当然の帰結であり、大正四年度の比叡の各種成績は、芳しいものではなかった。
<略>


日本海軍も既に三〇年近くの歴史を持ち、日清、日露の戦役を経験して来たのであるが、大正初期には高木大王式の統率法が尚残存していたのである。<略>
大王に部下統率の確乎たる信念があったとは思わない。
強いて言えば、圧服式である。
海軍刑法とか、懲罰令というようなものを背景とし、威圧に終始していた。<略>
尤も、この威圧、圧服の方法は比叡に限ったことではなかった。


ふーんと思ってさ。
残念ながら、高木は本当に評判が悪かったのだと思う。
部下の面目を丸潰れにするような叱責の仕方だとか、納得させられないような人の使い方だとかは、文章を読んでいるだけでもちょっとどうだろうと感じてしまう。
当事者だったら余計に反感を持つだろう。


ただこの本の上記引用の件を読んでいて思い出したのが「追憶(3)」のオマケで書いた笠置のガンルームの話。
威圧的な上司とそれに反発する部下。

比叡に限ったことではなかった」とあるように、何処でも同じような問題が起こっていたのではないかなあ。
それが克服できたかどうかは、個人の資質に依っただろうけど。
比叡の場合は高木個人の問題も多々あったと思うのですが、ジェネレーションギャップもかなり影響していたのでは?という気がする。


勉強していて、日露戦争の前(明治30年代)と後(40年代)では生活、世相、社会状況等その他諸々に於て隔世の感があるように感じます。
大正4(1915)年だと余計だろうなとは思うのですが、それでも日露戦争(1904~5)からまだ10年ほどしか経っていないのですよね。
海軍という狭い同一組織の中でもここまで温度差が出てくるかと、そこに若干の驚きを感じます。
まあ日露戦争前でも同様の問題は起こっていただろうとは思いますけれども。

読んでいてちょっと面白い話でした。


***


ジゴロウさんへ ( ・ω・)⊃ 『山川浩
 著者が甥。国会図書館にも所蔵がないそうです。5/30まで予約可能

objectさんへ( ・ω・)⊃ 「海軍文庫開設 記憶伝える 下関の増冨さん
 海兵在校中に敗戦を迎えられた方だそうです


すでにご存知でしたらご放念ください。
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閻魔

以前紹介した『海軍思い出すまま』を借りていた際、同時に『海軍生活放談』(原書房/1979)も借りていた。
他館貸出しになってしまった為、手元に来た時には何が理由で読みたかったのか分からなくなっていたっちゅう…
いつものことですね。そうですね。

著者は大西新蔵、最終が海軍中将で海兵42期。
ホームベースが明治大正の私は全然存じ上げないテートクである。申し訳ない。
この方の自伝的な読物でした。

あんまり真面目に読む気力がなくて(すまぬ…)、飛ばし読み、斜め読みもいい所だったのですが、人事の話が面白かったです。
同時並行で目を通していた『海軍思い出すまま』にも人事の話があったので、読み比べで余計に面白かった。
これはまた後日。

この本であらーんと思ったのがですね、海兵15期が出て来とったのですよ。
おー!しかもかなりの紙片を割いて触れられている!
題して「高木大王物語」。
…おー…た、高木か…大王か…
この時点で余りいい予感はしない。笑

覚えていらっしゃる方はそう多くはないと思いますが、高木の名前は今まで何度か触れています。
日露戦争時には大本営海軍部にいた人物で、財部彪の日記にも結構名前が出てくる。
昨年「追憶」(秋山真之)という話を連載をした際には島田繁太郎の人物評を少しですが紹介しました。
下僚からはかなり評判の悪い人物であったようなのですね(追憶+α
で、そこへ来ての「高木大王物語」ですよ。

大西は遠洋航海後の大正4(1915)年に比叡に配乗されている。
当時の比叡艦長が高木七太郎大佐。
大西曰く「偉大な体格、グロな面貌」。


 (日露戦後の集合写真)


写真後列 左から高木、同期の永田泰次郎、江頭安太郎、舟越楫四郎、木佐木幸輔
前列 左から、片岡七郎、出羽重遠、斎藤実、山下源太郎

以前向井弥一のご子孫様よりもっと後年の高木の写真を頂いていて、それを見ると上の写真よりかなり太っている。
見た感じとしては首がない^^;


ビールは初の方を棄て、真中だけを飲み、底の方は飲まなかったという。
京都嵯峨の大呉服商の息子とかで、軍服は立派な服地を用い、ワイシャツは常に真白で洗濯したてのものであった。(略)
大王は肥満の故もあるが頸部が短く、軍服の襟のフックをいつでも外していた。


入浴時には従僕と従卒が二人掛で背中を流し、食卓には蓋物を三つ四つ欠かさず、上陸してはハーフと遊んでしたそうで。
…け、結構な言われ方である。笑
実家が京都の呉服商というのは何かで読んだことがあるのです。何でかは覚えてない。
とにかく良い所のボンボンだったらしい。
そんな人が何故軍人になったのだろうというのが私の素朴な疑問。


変なところで切れますが、続きます。
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