Para Bellum

Si vis pacem, para bellum

固め修めし大八洲(3)

戦艦八島の続き。

山梨勝之進が乗り組んでいた頃、八島の副長に坂本一がおり、また航海長に石橋甫がおり…という話でした。
坂本の次の次に副長として赴任してきたのが八代六郎だった。
おー八代さん!

山梨によると、坂本とその次の副長は細かい所までを見ているうるさ型、やかまし型の副長。
部下からするとちょっと参ってしまうようなところがあった。
しかしながら八代はその前任者ふたりとは全っ然違う毛色の副長だった。


八代六郎


その、総員を集めての一声。


「八島は日本一の艦である。従ってこれに乗っている人も日本一の人ばかり。
艦長も日本一、砲術長も、掌帆長、掌砲長も日本一だ」


総員なので、みーんな聞いているんですよ、この言葉。
砲術長も掌帆長も掌砲長も。みんな目を丸くして照れている。笑

「唯一例外なのが自分で、日本一まずい副長だ」

おお?

「だが取柄は自分は艦に来るとき墓場を作り、墓に入る用意をして乗込んできたことだ。
他に何も取柄はない。だから自分は全力で諸君に頼る。
そしてそのお陰で日本一の艦が日本一の成績を上げるんだ」


全力で頼るってそれどうなの?(笑)
…と思わんでもないけれど、多分中々言えることではないし、できることでもない。
で、本当に全力で頼るんですよ。
頼るというより全力で信頼するという方が合っている気がします。


「掌帆長、よかったらね、何も言わずに『よろしい』とさえ言えばいいのだ」

そう言って、八代は何も細かいことは言わずに掌帆長が「よろしい」というのを待っている。
そうすると掌帆長は”日本一の掌帆長”ということになっているので、副長に「よろしい」と言うまで一生懸命やる。
掌帆長がよろしいと言うと、それを受けた八代副長はそのまま艦長に、「艦長よろしい」。

こうなったらそらーみんな一生懸命するわ!
頑張るわ!^^;
山梨は「それだから艦の成績が上がる」と書いているけれど、本当にそうだっただろう。
これはもう責任感が違ってくると思う。

夕方、上陸するに際しても、
「自分ひとりが残るから、みんな上陸して自由にしていいよ^^」
ただ副長だけを置いてそんなことはできないと、2・3人差し支えない人をおいて残りは上陸していいようになったそうです。

前任者ふたりの次にこの八代で、山梨らは谷底から急に山の上に上がったような気がしたと書いているけれど、本当にそうだっただろうと思います。笑
これは全体の雰囲気も良くなるし、士気が上がっただろう。
ちなみに当時の八島艦長は瓜生外吉でした。
アナポリス出!


もう少し続きます。
思いの外引っ張るね^^;


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固め修めし大八洲(2)

続き。

「はじめ」という名前ではもうひとり印象深い海軍さんがいまして、それが石橋甫。
私は何と読むのか長らく知らなかった…
心の中で「いしばしほ」って読んでた。笑。ほって。
海軍兵学校10期で広瀬武夫の兄勝比古と同期です。
山下源太郎、名和又八郎らも同期。

そんなに一般的に知られる提督ではないと思うのだけれど、航海の名手として知られた方です。
広瀬やもう少し下の代、恐らく山梨勝之進らの世代、もう少し下もかな~…
相当有名だったと思う。
明治期、優れた航海術で有名だった軍人は何人かいて、中でも新井有貫、三浦功、石橋甫。
新井と三浦は旧幕時代からの経歴。
山梨らの世代ではこういう人たちのようになるというのをひとつの目標にしていたそうです。


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広瀬武夫は新井と同じ艦に乗り込んだことがあります。
日清戦争の途中から広瀬は扶桑乗り組みになりますが、その時の艦長が新井だった。
そして広瀬は鹵獲した鎮遠の回航委員にもなっているのですが、委員長が新井だったんですね。
鎮遠は破損が酷くて日本まで直接航海が出来なかった。
それで修理のために旅順まで鎮遠を持って行くのですが、それを引き受けたのが旅順口根拠地知港事であった三浦功でした。

石橋については広瀬の書簡に名前が出ていた記憶があります。
ちょっと探しきれなかった…
運用の大家とか航海の大家とか、そんな風に書いてあった気がする。
自分で作ってる人名索引から漏れているorz
…三浦だったかな…

で、こんな(?)石橋ですが、山梨勝之進が八島にいる頃航海長だった。
航海士の時に航海長だったそうなので、直属の上司だったのか。
近くで見ていてめっちゃ無造作に、早く、しかも正確に海図に艦の位置を記していく手際の良さに驚いたと山梨が回顧している。


つづく


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