Para Bellum

Si vis pacem, para bellum

薩南の風(3)

宝塚の話を知る少し前に、舞台で響の片方が西郷隆盛をするというネットニュースが出ていると教えて頂きまして。(※仕事中です
へーと思ってググったのですよ。(※仕事中

公式見て笑った。http://www.mononofu-stage.com/cast.html
机に突っ伏しました。(※仕事
別府君麗しすぎる…(おーい

というか、人物相関図(上URL)が凄すぎて。笑
明治になって10年も経つのにひとり明治を迎えてない桐野利秋(中村半次郎のまま…)。
抜刀隊の括りに入れられている佐川官兵衛、斎藤一、山川浩に大山巌。
……大山巌!?
ちょwちょっと待ってww
ど う い う こ と な のwww
(ついでに書けば間違われることも多いが鬼官も斎藤も抜刀隊ではない。というか抜刀隊の括りにいる人がことごとく抜刀隊とは関係ござらぬ…)

「え、どうなんこれ、どうすればええん?そうか事故やったんやこれ、見んかったことにすればええんや…」(独り言)

めちゃ笑われる(※仕以下ry
取敢えず別府君ち(跡)で盛大にムカデ2匹に咬まれた話を披露しておきました。仕事中。


別府晋介誕生地@鹿児島
(@鹿児島市吉野町実方)


この時は本当に大変だったんですね。
別府の生誕地碑をぼんやり眺めていたら足首の辺りがもぞもぞしましてね…
靴とジーンズの隙間から10センチ程あるムカデ2匹が足を這い上がっていたのを見た時の恐怖と言ったら筆舌に尽くしがたい。
引っぺがそうとした時にがぶー!といかれました。
めっちゃくちゃ痛かった。
あんなんもう、二度といやや…

忘れもしない鹿児島旅行最終日の日曜朝8時頃で、桐野別府の生誕地辺りは吉野の中心地からは少し外れていて本当に住宅しかないし。
取敢えず町っこ()なので、咬まれた後の対処方法とか知らんのです。
ただ痛さが尋常でなく、しかもみるみる内に足の形が変わる程膨れ上がっていたので、とりあえず市街地に帰った方がいいと。
くそう。長居したかった。

バスに乗っていたら前方に薬局が見えたので急いで降りて、薬局のおじさんに見てもらったら
「よくあるよくある」(笑いながらマイルドな薩摩弁で)
マジか。
鹿児島ではよくあることなのか。
鹿児島怖ええ…

今回探したら当時のブログがあった。2006年。
こういうことがあるから、旅先での飲料のチョイスが水オンリー。
というかそもそも水かお茶か、野菜or100%ジュース位しか私の中には選択肢がないのだけれど、水なら怪我した時に洗い流せる…
…って一体どういう旅行をしているのかこの女。

ムカデに咬まれたのは別に別府君のせいではないのだが(当たり前や)、私の中ではなんとなく別府君のせいになっている。笑
ごめんね別府君。


別府の家から歩いて5分程の所に桐野利秋生誕地があります。


桐野利秋誕生地@鹿児島


小さい公園になっていた。
2006年時の写真なので、今も同じかどうか不明。

西南戦争が始まるまで桐野がいた吉田の方にも石碑やゆかりの地が残っているのですが、そちらにはまだ行っていないのですよ。
次に行く時は必ずと思っている。

ぐだぐだ続く。

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the fall

9月は我がサイトの柱になる大戦争がふたつ終結した月になります。
ひとつが前九年の役(1062)、ひとつが西南戦争(1877)。

今日は西南戦争が終結した日です。
ということは桐野利秋(大好き)の御命日…

そういう日ですので西南戦争絡みで何か書くつもりにしていたのですが、そして実は温めていたネタもあったのですが、ロンドン海軍軍縮会議が思いの外長引いてorz
ひーん。ごめんなさい。
昭和からいきなり明治10年には頭を巻き戻せなかった。
今そんなことしたらエライことになる。笑

というかおかしいな。私のフィールド明治の筈。
それに私が勉強してたのは統帥権関係でわちゃわちゃしてる政府と海軍…
を、横目に見る陸軍だったんだけど…


//blog-imgs-57-origin.fc2.com/m/u/r/murakumo1868/DV00009.jpg //blog-imgs-57-origin.fc2.com/m/u/r/murakumo1868/DVC00007.jpg
(岩崎谷、南洲翁終焉之地)


今日が城山が陥ちた日ということもあって、産経夕刊にでかでかと薩軍の話が載っていた。
で、1・2日前にもネットニュースで維新ふるさと館で流れているテープの話が出ていました。

このテープ、話し手が西郷どんの妻の弟の妻、つまり義理の妹で、実際に西郷どんを知っている人。
ニュースには西郷どんは味噌作りが上手かったという話と一緒に、料理を褒めてもらったという話も出てる。
あー、これ私もすごく印象に残ってる。
めっちゃくちゃ褒めてくれるらしい。出した料理を。
これはいい、あれはいいって、作った本人が決まりが悪くなるくらい。
この内容、『西郷さんを語る―義妹岩山トクの回想』 という本になっている。
地元図書館に入ってて、見つけた時は大層驚いた。

トクさん曰く「優しい人だった」ということだけれど、薩軍の将に関しては、優しい人だったという回顧なりが割と残っているような気がする^^;
別府晋介については従僕がそう証言してますし、篠原国幹も滅茶苦茶優しい人だったそうで。
薩軍研究されている方と話した時、篠原は優しすぎて暴発する若者を捨てられなかったんじゃないかなーと言っていたのが印象的でした…
(ただ薩摩の人の言う優しさの基準ってどのあたりにあるのだろうとは思う。笑)


//blog-imgs-57-origin.fc2.com/m/u/r/murakumo1868/DVC000.jpg 別府晋介誕生地


別府は桐野利秋の従弟ということで、生まれ故郷が共に吉野。
家も近くて歩いて5分くらい。
喜び勇んで行ったのだけど、上の石碑の揮毫が西郷菊次郎(隆盛長男)であることに気付いてぼんやりしてたら、足を這い上がってきたムカデ(2匹)に噛まれるっちゅうマジなんなのこれという目に遭ったことは忘れない。
滅茶苦茶痛かったんだからな!忘れないぞ別府!(別府君のせいじゃない)


古い写真掘り起こしてきた。
維新ふるさと館、結構楽しい。


//blog-imgs-57-origin.fc2.com/m/u/r/murakumo1868/DVC00035.jpg


奥に見えてるのが大久保利通の原寸大フロックコート。勿論レプリカ。
手前の金モールが西郷隆盛の原寸大陸軍大将軍服。
例によって例の如くひとり旅(旅順・大連旅行の足でそのまま行った)だったので、さすがに恥ずかしくてだなー(笑)
映像上映が始まって、他の観光客がいなくなった隙を狙って、そそくさと着てみた。
どの位の大きさだったのかとひとりできゃっきゃうふふしながら(……)写真撮ってたら、コンパニオンのおねえさんが

「写真撮りましょうか」
「……」

//blog-imgs-57-origin.fc2.com/m/u/r/murakumo1868/91d02ae0.jpg

気分的にはこんな感じだった。


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