Para Bellum

明治・大正・昭和初期の軍人・政治家の話が多め
特に海軍と広瀬武夫、偶に江戸時代中後期/幕末

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@佐賀!

佐賀におるでー。


江藤新平墓所 


江藤のお墓参りに行ってきた。
今日は江藤巡りでしたわ…
銅像から生誕地、斬首された所も、佐賀の乱後に乗船した地点にも行ってきた。

しかしこれだけ江藤巡りをしても、なんか江藤に関する情報があまりない…
却って江藤不足で帰りそうな予感が(笑
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よみがえれ!シーボルトの日本博物館@国立民族学博物館

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行ってきました。暑かった。
目的は昨年の丁度今頃に書いたシーボルト事件の切欠になった地図の写し。
思っていたよりも小さかったです。
「カナ書き伊能特別小図」だけに。100×80cmくらいしかなかったと思う。

会場にあった解説から総合して 察 す る に

書物奉行兼天文方であった高橋景保がシーボルトに渡すために「カナ書き伊能特別小図」という小地図を作ったようです。
そしてこれはシーボルト事件に際して幕府に没収され、現在国会図書館が所蔵している。
今回展示のものはシーボルト子孫宅から発見されたもの。
この地図がシーボルト側から見つかったことによりシーボルト事件を起こすことになった伊能図が「カナ書き伊能特別小図」であったことが実証された

…ということらしい。

解説が分かりにくくて、何回か読み直したのだけれどイマイチ意味が…。
没収された地図が国会図にあるのは分かるけど、いきなりシーボルト子孫に話が飛んでいるので繋がりが分からんのだが。
没収される前に写しを取っていて海外に送り出した、とか、
国会図書館所蔵の地図と酷似している、とかの一文がいるだろう。
解説を書いた人は勿論分かっていて飛ばしているのだろうけど、ちょっと不親切だなと思いました…

ただ来ていた展示物は結構面白かったです。
展覧会名の通りで、シーボルトの”日本博物館”の再現がテーマでした。
よくここまで保存状態良く残してきたな、というのが大きな驚き。
本当にきれいで驚いた。

うわ、と思ったのはシーボルトの娘いねちゃんの螺鈿合子の絵の原画と思われるものが来ていたこと!
螺鈿合子の方は長崎のシーボルト記念館で見たので、色々感慨がわくものでありました。
しかもドイツから来ている…
シーボルトが瀧とイネに宛てた日本語の直筆と考えられる書簡も展示されており、離日時は本当に言葉に尽くし難かったろうと思います。

あと川原慶賀の絵が結構展示されておりました。
先日神戸でも高嶋秋帆の徳丸ヶ原の絵を見たところで、なんか長崎づいてるな(笑

しかしシーボルトが収集した博物学と言うに相応しい資料の広範さには驚きました。
これに鳴滝塾でも超優秀な塾生たちがかなりあくどいな…と思われる方法で協力させられていたのねw(こらこら




民博は万博記念公園の敷地内にありますん。


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まあぼちぼち太陽の塔なんかも見つつ…


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裏も見つつ…

ここにに来るのはあと何年後だろう(今回が10年以上振り位だったもので)とも思ったので、昨年出来たばかりのニフレルにも立寄りました。
水族館にひとりで行くなんて(爆笑
だってシーボルトとか幣原喜重郎の史跡見に行くのに付き合ってくれる人いない。笑


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水族館だけどホワイトタイガーがいるん。


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ワニがボンヤリ立ってたり。
そんなに混んでもいなかったので、ふらふら魚見ていい感じに涼んでエキスポシティでパフェ食べて帰ってきた。笑

幣原喜重郎関係はまた後日書きます。
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Road to S

一昨年のリベンジということで、新平に会いに行くことにした。
普段特に意識はしていないのですが、うん、すっ…好きなんですっ…(たんぽぽ持って大告白
神戸で江藤の名前が刻まれた灯篭を見た時の喜びをお察しください。

佐賀は大変昔に研修旅行で吉野ヶ里遺跡と九州陶磁文化館(だったと思う)というピンポイントで2ヶ所行っただけ。
しかもバス移動のドアtoドア状態でこれは佐賀に行ったと言ってはいけないレベル。

しかしながら佐賀市、江藤も含めて細かい史跡は結構あるのだけれど、博物館施設的なものが意外と少ないのである。
そして私は(佐賀市の数少ない個人の記念館がある)大隈重信が嫌いなんであるorz
う、うむー…
まあ面白い人だなとは思うのだけれど。
飼い犬の名前を犬にしたりとか…

とまれ、ぼちぼちゆるゆると史跡巡りして来ようと思っております。
晴れろ。(心の叫び…

そして今更ながら『江藤新平と明治維新』を読んでいるのだった。
読み始めたの昨日からで、出発までに間に合わない空気が漂っておる(笑
江藤関係はこの本振りで2年半程ブランクがあり、久し振りなので頭を少し幕末維新に戻さないと…^^;
ただやっぱり江藤のお墓参りに行けるのは嬉しい。

あと楽しみは郷土資料かな。
佐賀は結構ネット上であれこれと公開しているのだけれど、そういうのではないのもあるだろうし。
そして佐賀海軍関係で何か書籍はないかと思っている(史跡は壊滅的にない。壊滅的というか、ない)。


そういえば、みなもと太郎の『風雲児たち』の解体新書の辺りの話をNHKが実写化するそうで。
そうなんだ。
あの時代に興味を持つ人が増えたらいいな…
本当に涙が出るほど凄くて、愛すべき先人がわが国には沢山いるということを沢山の人に知って欲しい。
あの時代の面白さを知って欲しい。
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インパール

NHKスペシャルの「戦慄の記録 インパール作戦」を見ました。
祖父はこういう戦場で戦ったのだと途中から涙が出てきて堪らなかった。
「戦争の事なんてなにひとつ話さなかったけど、こんなの話せる訳がない」
と母が隣で号泣しておりました。
書籍で読むのと、現場の様子を見たり聞いたりするのとでは、肌で感じる具合が全然違う。

見ていて驚いたのは、祖父と同じ部隊にいた方がまだご存命であったこと。
第31師団、通称烈兵団の山砲兵第31連隊。
しかも上等兵とのことで、祖父と全く同じ立場である。
手榴弾持って戦車に飛び込めって、それがギリギリのところで助かったって。
私の祖父も勿論この方と同じ立場だっただろう。
爺ちゃん、そんな所にいたんだね…

生きている方の証言を取れるのはもうこの1・2年が限界でしょう。
NHK、頑張ってあちこちで話を聞いて来てくれ。
それに斎藤と仰る当時少尉の方の日記と証言、よく見つけて撮ってきましたね…

(兵隊を5千殺せばここは落とせる等と平気で口にする高級将校らの姿を見て)
日本の軍隊の上層部が考える兵隊なんてそんなもん
その内実を知ってしまうと辛い

そう吐き捨てる様に言って泣いておられる姿が胸に迫りました。
本当にね…
牟田口や辻政信がやっている事なんて鬼畜の所業としか思えない。


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折しも叔母に送付を依頼していた祖父の連隊史が到着した所だったのだ。
本当にしんどいけど(精神的に)、頑張って調べようと決意新た。
祖父の為にも祖父の戦友の為にも、話されなかったから知らなかった、で終わらせていい話ではないと思うから。


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そしてお盆が終わりました。
今年も例年同様お仏壇にお膳をあげておりました。
13、14、15日の3日間。
13日は早朝に近所の川までご先祖さんを迎えに行って、15日の夕方にお供えしていたお花やお供え物と一緒に送りに行く。

お膳は宗派によるそうです。
家は真言。母の実家は浄土真宗ですが、こういうのはなかったとのこと。
へー、そうなの。

ちなみにお膳の後ろに見えているのは自家製梅干しです。笑
三日三晩干すという、最後の日に雨である。あーあー
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つれづれ

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\(^o^)/

大ラス当たった!!やったーやったー
大ラス行くのは初めてなんである!楽しみじゃー。
Epic Nightは行けなかったので、えー…何年振りのライブ?
とにかく楽しみ。2月まではこれで頑張れる。笑
ここ何年かの曲の中では「RED」がダントツに好きです。
ライブで聞いてみたいけど、Epic Nightのセトリに入っていたようなので難しいかなあ。


『九十三歳の関ケ原』読了。
大島光義という実在の人物を取り扱った歴史小説で、結構面白かったです。
多分私、今までにも名前をかすっているのだと思うのだけれど、全然記憶が…ない…
最後の「人を殺さずに戦を終わらせる矢を放つことこそ真の弓」というセリフは、中島敦の『名人伝』を思い出しました。
あとオイゲン・ヘリゲルの『日本の弓術』。

久々に本屋に行って見つけたのが『悪左府の女』。
おお…悪左府頼長…
とりあえず図書館に入っていたので予約した。
著者は伊東潤。最近よく見るな、この方。
川路利良の小説が出ていたり、あと昨年だったか一昨年だったかに新聞で連載されていた『敗者列伝』が面白く、ちょっと興味がある作家ではある。

あとぶらぶらしていたら『泣き虫弱虫諸葛孔明』の5巻が。知らぬ間に完結していた(笑
また時間見つけて読みますわ。

そして最近『赤松小三郎ともう一つの明治維新』(関良基/作品社/2016)を読んでいたのだけれど、う、うん…
何というかぶっちゃけ40P位で挫折した。

可然先生御雇之儀如何可有之哉
諸生衆被聞合先生罷在候ハ
是仕合之事ニ付キ精々探索被致候

という
宛先:大久保一蔵、吉井幸輔
差出:内田仲之助、村田新八、田中清之進
…の、6月7日付書簡が紹介されていた。
ちなみに年代は不明なのだけれど、この著者の解釈が、

・文中にある先生は赤松小三郎だろう
・然るべき先生として赤松を迎え入れたことに対し、「本当に先生として信頼して大丈夫なのか?」と差出の3人が大久保吉井に問い合わせていた様子が窺われ、
・こうした懸念に対して差出3人が「これは仕合せの事なので精々探索させます」と回答したのだろう
・探索方に指名されたのが中村半次郎らであったのだろう

………?^^;
いや、あの、読み方が滅茶苦茶じゃないかこれ…
書簡全体が掲載されているのではないので、何とも言えないけれど、

然るべき先生雇用の事について書生らに大久保、吉井が問い合わせて、よい先生がいたならば、これは仕合せの事だと思うので、精々(一生懸命)大久保・吉井で先生を探して下さい。

という意味だと思うのだけれど。
「被」を取り落としていて、書簡の主語述語がヘンになっている上に、著者の解釈の話は何一つ書かれとらんと思う。
要するに、自分の思う方向に史料の解釈を曲げてないかという。
ハイ、ここで読む気失せて終了。
早かった。

面白そうだっただけに正直ちょっと残念な感じはあるのだけれど、なんだかな。
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